ワインに挑戦する来福酒造 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第17回 稲田宗一郎 作家
2023.07.15
原料米と酵母にこだわる来福酒造(茨城県筑西市)の10代目の当主、藤村俊文氏が酒造に使う「花酵母」とは何でしょうか。もともと酵母は、酒蔵に住んでいる酵母から採取されていましたが、バイオ技術が進歩し、酵母を人工的に変化(変異株の造成)させ特定の醸造能力を高める酵母に移りつつあります。
東京農業大学短期大学部醸造学科酒類学研究室の中田久保教授(当時)は、無限の可能性を秘めた自然界の花に着目し、10年かけて2003年に花から清酒酵母の純粋分離に成功しました。個性豊かな「花酵母」の誕生です。
「花酵母」と言うと花の香りがあるように聞こえますが、この酵母の特徴は、従来の日本酒に存在するいろいろな香りや味の個性を、より促進する力を持っています。例えば、花酵母で醸したお酒は、冷酒で最適なものや燗酒が適しているものまで、飲酒温度や酒器によって個性を楽しみながら味わうことができるのです。(画像上:花酵母とは=東京農大花酵母研究会HPより)
「花酵母の特性と蔵の個性とが融和できたら日本酒の概念を変えることができる」と10代目は考えました。中田教授の弟子だった10代目は、バイオ技術で整形され遺伝子を操作した酵母ではなく、100%自然界から届いた花酵母で勝負しようと考えたのです。
来福酒造では、天然の花酵母を寒天培地で培養して使っています。この培養を担当しているのは農大の卒業生です。卒業生と言っても醸造学科ではなく、経済系です。彼女をはじめ、来福酒造の社員に多くの農大の卒業生がいるのに驚きました。
現在、扱っている花酵母は、ナデシコ、ベゴニア、アベリア、シャクナゲ、月下美人、ひまわり、ツルバラ、おしろい花などです。花酵母は花の種類により特徴があります。たとえば、シャクナゲは「甘い香りとしっかりとしたバナナのような味わい」、ヒマワリは「清涼感のある爽快な風味」、ナデシコは「果実酒のようなフルーティさと芳醇な味わい」があるそうです。
花酵母を使う場合、まず酒米の性質、蒸した後のコメの状態が硬くて溶けにくいタイプなのか、軟らかくて溶けやすいタイプなのか、あるいはその中間のタイプなのかによって、相性の合う酵母を選びます。その結果、例えば、アベリアは、八反という広島の酒米を使用した純吟生原酒「八反」、ベゴニアでは雄町と言う酒米を使用した「純吟生原酒「「雄町」など、それぞれの酒米の特徴と花酵母の特徴にあった日本酒が醸し出されるのです。現在、来福酒造では95%が花酵母の酒です。
純吟生原酒「八反」(左:原料米 広島県産八反35号/花酵母アベリア)
純吟生原酒「雄町」(右:原料米 岡山県産雄町/花酵母ベゴニア)
また、全国新酒鑑評会でも10代目は花酵母で勝負をかけ、2014年第102回金賞、2016年第104回金賞、2017年第105回金賞を受賞しています。さらに、酒米として兵庫の愛三を使ったプリンセスミチコの純米大吟醸は、海外のルクセンブルクの日本酒コンテストでプラチナ賞を受賞しています。
「プリンセスミチコをブランドにするためには一定の基準を達成しなければいけないようにする。そのためには、プリセスミチコの鑑評会をやるべきだと思う」と筆者が言うと、10代目は「それは良い考えだ、同じ酵母を使い各蔵が切磋琢磨する。そうすることによってプリンセスミチコのもっている能力を最大限に発揮できる酒ができる」と答えてくれました。
機械化については「働き方改革などを考えると必要、特に、麹つくりの温度管理は、労務管理上きわめて重要です」と導入に積極的でした。来福酒造の生産量は、現在、約1000石で、酒造専門店を通して販売しているそうです。県内が半分、残りの半分は全県で販売しています。
今後の日本酒造りについては、「今は日本全国の米を使用していますが、これからは地元米を増やしていきたい。また、お米の出来を見極めるために自社で精米し、酵母も自社で培養している。良い米が良い麹を造り、良い酵母と合わさり来福酒造の製品は作られていく」と述べ、地元に密着する姿勢を強調しました。
また、海外進出については、「東南アジアを中心に、ヨーロッパやアメリカなどにも輸出しています。 海外で開催される日本酒コンテストでは、 最高賞を受賞するなど高い評価をいただいている」と答え、更なる挑戦としてワインへの参入を挙げました。
既に、地元のワイン農家のブドウ(山葡萄とメルローの交配品種の富士の夢、日本で生まれたブドウ品種)を使ったワイン造りを頼まれたのを契機に、2016 年にワインの製造免許を取得し、来福ワイン「SUNRISE」「SUNSET」など様々なワインを生み出していますました。これらのワインは、ワイン業界で活躍する女性が審査員を務める「第10回サクラアワード2023」で、28カ国、4222銘柄から、最高金賞にあたる「ダブルゴールド」を受賞しました。
茨城県産ブドウを原料に清酒酵母(花酵母)を使用したワイン
① RAIFUKU WINE 〈ロゼ〉②RAIFUKU WINE SUNSET(赤)③RAIFUKU WINE SUNRISE(白)
連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。
第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
第3回:吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す
第4回:コメへのこだわりと挑戦 4社統合の伝統、宮城・一ノ蔵
第5回:5代目は日本酒エンターテイナー 南部美人、新時代の蔵元が世界へ
第6回:リンゴ酵母と大吟醸創る 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
第7回:レモンワインと日本最古の酒米 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
第8回:7代目蔵元「3つの理念」で酒造り 蓬莱泉の関谷醸造
第9回:消費者との接点を求めて 蓬莱泉の関谷醸造
第10回:家族が守った手造りの酒 石鎚酒造、杜氏引退で覚悟
第11回:3杯目からうまくなる酒 石鎚酒造、時間かけ作り込む
第12回:誰にも負けぬ酒造りの情熱 「東洋美人」の澄川酒造場
第13回:同士の力で奇跡の復活 澄川酒造場の継承と革新
第14回:誕生の原点は「出羽桜研修」 浦里酒造店、小川酵母にこだわり
第15回:「足し算の酒」で日本酒造り革新 浦里酒造店の若き6代目
第16回:300年の歴史の中に 茨城県筑西市の来福酒造
家稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を、22年5月に「渋沢翁からの贈り物」を出版した。
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