アナログな愛おしい時間 連載「旅作家 小林希の島日和」
2024.07.01
日本各地の島を旅するなか、また会いたいと思う人が増えていく。その人たちは、年齢も仕事もさまざま。ある人は高齢のベテラン漁師で、ある人は地域おこし協力隊で島に移住した若者で、ある人は同じく島を旅する者で。
昨年の初夏、私は取材も兼ねて「硫黄島3島クルーズ」ツアーに参加した。小笠原諸島の父島と東京湾岸の竹芝間を運航する小笠原海運が年に一度開催する観光クルーズだ。都心から南へ約1千キロに位置する父島までは、船でしか行くことができず、竹芝から24時間を要する。
このクルーズは、父島に到着後、約315キロ離れた南硫黄島へ向かい、先の大戦で激戦地となった硫黄島で黙祷(もくとう)と献花をし、かつて人が暮らしていた北硫黄島をめぐる。3島とも上陸は禁じられているので、いずれも船上から眺めるのみ。とにかくずっと船にいる。6日間のツアーで確実に半分は洋上だった。となると、「一緒にご飯食べましょう!」と声をかけ合う人たちができる。
この時に出会ったのが、青森から来たという夫婦だ。ご主人は90歳で、奥さんは83歳。初めこそ、小笠原諸島の島々について談義していたが、そのうち2人の昔話や青森の郷土料理の話に花が咲いた。
「お餅(まんじゅう)でも干し柿でも、何でも手作りするのよ」と、奥さんが身振り手振りで話す姿がかわいらしく、つい調子に乗ってあれこれと質問してしまった。最後には、連絡先を交換して別れた。
クルーズの旅から戻ってすぐ、仕事場に宅配便が届いた。箱を開けると、手作りのよもぎ餅と紅白餅がびっしりと詰められ、折り紙で作った飾りと古文書のような達筆の便りが添えられていた。お礼にお菓子を贈ると、今度は干し柿が届き、その次は黒ニンニク(もちろん手作り)とリンゴ、その次は桜餅...と、贈り合いっこが続く。私にとっては、季節を味わえることこの上なく、日常の楽しみとなった。
実は、こうした贈り合いっこは、いくつかの島の人ともゆるりと続いている。相手の顔を浮かべ、今度はこれを贈ろうかと思案し、手紙を書いて配送の手配をする。手間暇はかかるが、愛(いと)おしい時間だと思う。デジタル社会になり、遠くにいようが誰とでも瞬時に連絡が取り合える世の中であるが、人が人と心を通わせるのは、相手には見えない手間暇かけている時間に生まれるのではないかと気づいた。
青森のお父さんとお母さんには、近々会いにいくつもりだ。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年6月17日号掲載)
最新記事
-
食料自給率の目標、学生はこう見ている 青山浩子 新潟食料農業大学准教...
大学2年生向けの講義で、食料自給率を取り上げた。「食料・農業・農村基本法」の改正に向けて、議論が盛...
-
アナログな愛おしい時間 連載「旅作家 小林希の島日和」
日本各地の島を旅するなか、また会いたいと思う人が増えていく。その人たちは、年齢も仕事もさまざま。あ...
-
明石名物の食べ歩きクーポン販売
明石観光協会(兵庫県明石市)は、明石名物の食べ歩きクーポン「もぐチケ」の2024年度版を販売してい...
-
電気ガス料金軽減策復活 週間ニュースダイジェスト(6月16日~6月2...
▼全中会長、農業転換点に 価格転嫁「乳製品から」(6月18日) 全国農業協同組合中央会(JA全中)...
-
スタッフがやめない職場をつくろう 赤堀楠雄 材木ライター 連載「グ...
3年ほど前のことだが、若手の大工を10人以上も雇っている工務店の社長に人材確保のコツを尋ねたことが...
-
季節のない〝助っ人鍋〟 畑中三応子 食文化研究家 連載「口福の源」
先日、とある老舗のビストロで、長年冬限定だったカスレ(フランスの代表的な鍋料理)を客の熱望で一年中...
-
災害に強い「水点」を考える 菅沼栄一郎 ジャーナリスト 連載「よん...
5月の千曲川。初夏の日差しがまぶしい水辺にある長野県の上田市交流文化芸術センターの教室で、市民約6...
-
農業基本計画、年度内改定 週間ニュースダイジェスト(6月9日~6月1...
▼農業基本計画、年度内改定 価格転嫁法案、来年提出(6月12日) 岸田文雄首相は官邸で開いた会合で...
-
水産資源管理の推進、なぜ重要か 佐々木ひろこ フードジャーナリスト ...
日本の総漁獲量は長期にわたって減少し続けており、わが国海域の水産資源は今、間違いなく危機にある。沿...
-
「顔の見える」情報いかに 鬼頭弥生 農学博士 連載「口福の源」
食の情報提供やリスクコミュニケーションに関する研究をしていると、しばしば、健康食品をめぐる宣伝や情...