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同士の力で奇跡の復活  澄川酒造場の継承と革新  連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第13回  稲田宗一郎 作家

2023.05.15

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同士の力で奇跡の復活  澄川酒造場の継承と革新  連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第13回  稲田宗一郎 作家の写真

 2013年7月28日、山口・島根県を集中豪雨が襲い、澄川酒造場(山口県萩市)のすぐそばを流れる田万川と原中川が氾濫した。酒蔵は床上浸水、蒸し器など酒造りに必要な全て機械は使えなくなり、冷蔵庫に瓶貯蔵していた1万本以上の日本酒が流されるなど、壊滅的な被害に遭った(写真)。今回の取材で4代目蔵元の澄川宜史さんと面会した応接間にも、2㍍近く水が入りこんできた。

 当時4代目の頭の中には、廃業の2文字が一瞬浮かんだという。しかし同時に、蔵人の顔が浮かんだ。なんとしても酒を造らなければ藏人の生活は守れない、との思いである。

 <そんな時に奇跡が起こった>

 災害を知った同じ山口県の主な酒蔵の仲間が駆け付け、復旧作業に加わったのだ。その動きに合わせるかのように、北海道から鹿児島までの酒蔵や酒類販売店、飲食店、そのお客さまから1500人以上が復旧作業に加わり、今年の酒造りはできないと思われていた工場は、復活を果たしたのだ。

 「なぜ、そんな小説のようなことが起こったのでしょうか?」と聞くと4代目は、「ひと昔前の斜陽の日本酒業界をともに生き抜いた、全国の酒蔵や販売店、飲食店、そのお客さまが『がんばれ、負けるな』と支えてくれたのだと思います」と語った。

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 酒蔵を案内してくれた静岡県出身の蔵人も、「7月に災害に遭いましたが、その年の12月に酒ができました。自分も詳しい記憶は飛んでいるのですが、心底ほっとしたことだけは覚えています」と話してくれた。

 翌2014年に地上3階建ての新酒蔵を建設し、最新の機械を導入しつつ、新たな酒造りが始まった。4代目はこの新酒蔵を建設した時は、「一種の賭けだった」と話す。

 今後蔵人を継続的に雇用するには、昔の酒蔵の規模では不可能なことは分かっていた。澄川酒造場が酒蔵として存続するには、生産量を上げなければならない。そのためには、より再現性が高い酒質の高い酒造りを実現しなければならないことも分かっていた。

最新設備を導入


 4代目は約4億円の投資を決断し、1年中室温を5℃に保てる冷房蔵、最新の全自動洗米器、蒸し機、分析装置などを導入した。これにより100%に近い、再現性のある酒造りが可能になった。

 ー華やかな香りと米本来が持つ、ふくよかな甘み、喉をスッーと水のように流れる日本酒ー、が4代目の目指す酒である。

 農大酵母プリンセス・ミチコとの出会いがあったのはその頃であった。それまでの東洋美人は別の酵母を使用していたが、この酵母は良い香りは出るのだが、同時に、苦みの成分が出てくる課題があった。

 しかし、プリンセスミチコは健全に醸造すれば、日本酒の主な芳香成分の一つであるカプロン酸エチルが際立つ酵母であり、さらに、ふくよかな香りがでても苦みがない酵母であることが確認された。

 ー求め続けていた酒質に近い酒ができたー。現在の東洋美人の8割は、プリンセス・ミチコを使った酒である。

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(東洋美人純米大吟醸プリンセスミチコ=左、東洋美人純米大吟醸壱番纏は2016年12月の日ロ首脳会談の夕食酒に選ばれた)


 「これからの酒造りの方向は」と聞くと、「継承と革新を掛け合わせながら、伝統製法を順守し、王道の酒造りを続けていきたい」と、4代目は力強く答えてくれた。

伝えたかったこと


 これから松江に出て隠岐に行くという僕に、4代目は「旅先で飲んでください」と、山口県新酒鑑評会で第1位を受賞した東洋美人を持たせてくれた。澄川酒造場での取材の後、松江で一泊し、翌朝、隠岐の島に向かい、その日は海士島の「旅館なかむら」に泊まった。夕食のとき4代目にいただいた酒を持ち込み、宿の大将と女将に一緒に飲もうと誘った。

 その酒を一口飲んだ時に女将は、この味は昔飲んだことがあると言い、山口県美弥市の大嶺酒造の酒瓶を出してくれた。1822(文政5)年創業の大嶺酒造は、1955(昭和30)年に休眠状態になった後、2010年に復活した蔵だった。

 女将によると、大嶺酒造は東洋美人の蔵を借りてその酒を造った。さらに聞いてみると、その酒が作られた時期は、澄川酒造場が洪水災害にあった時期に重なっていた。4代目が洪水災害の後、伝統産業である酒造りを志す若者に酒造りの技術指導をしている話を、僕は思い出した。大嶺酒造は4代目の指導を受けた酒蔵に違いないと思った。そして、これが4代目の伝えたかったことだと確信した。

 いつの日か4代目を誘い、海士町の旅館なかむらを再訪し、女将から直接、この話を聞いてもらいたいと思った。


 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。次回は6月1日に掲載します。


 第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
 第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
 第3回:吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す
 第4回:コメへのこだわりと挑戦 4社統合の伝統、宮城・一ノ蔵
 第5回:5代目は日本酒エンターテイナー 南部美人、新時代の蔵元が世界へ
 第6回:リンゴ酵母と大吟醸創る 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
 第7回:レモンワインと日本最古の酒米 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
 第8回:7代目蔵元「3つの理念」で酒造り 蓬莱泉の関谷醸造
 第9回:消費者との接点を求めて 蓬莱泉の関谷醸造
 第10回:家族が守った手造りの酒 石鎚酒造、杜氏引退で覚悟
 第11回:3杯目からうまくなる酒 石鎚酒造、時間かけ作り込む
 第12回:誰にも負けぬ酒造りの情熱 「東洋美人」の澄川酒造場


 稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。

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