吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第3回 稲田宗一郎 作家
2022.11.01
仲野益美は2000年に、吟醸酒を世に問うた父・清次郎を継いで出羽桜酒造の4代目となった。1997年に開始した海外展開に力をいれ、世界30カ国以上に販路を拡大していく。
日本国外で最大の日本酒品評会であるインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC、ロンドン)で2008年、純米吟醸酒「出羽桜 一路」が全ての出品酒の頂点である「チャンピオン・サケ(Champion Sake)」に選ばれたのを契機に、11年には英国最古のワイン商で英王室御用達のベリー・ブラザーズ・アンド・ラッド(BB & R)が、初めて扱う日本酒として出羽桜を選んだ。
全米日本酒歓評会では14年、吟醸部門で「桜花吟醸酒 山田錦」と「桜花吟醸酒」がグランプリを受賞し、16年のIWCでは「出羽桜 出羽の里」が出羽桜酒造の酒としては再び「チャンピオン・サケ」に選ばれるなど、「吟醸」の魅力は日本を飛び出し世界に羽ばたき、化粧品SK-Ⅱの香り成分のモデルにもなっているという。
(2016年のIWCでの仲野益美社長=中央、出羽桜酒造提供)
「なぜ輸出に力を入れるのですか?」との僕の質問に、4代目は「自分なりの考えがある」と答えてくれた。
「輸出というと、少子高齢化による国内需要減少でいずれ限界が来るので、海外に目を向ける必要があることも当然ですが、そればかりではありません。自分は若い時に商社マンになり世界を飛び回りたいと考えていました。輸出には夢と希望があります。次の時代を担う若者に広い視野を持って世界で活躍してもらう場を提供したいという思いも強くあります」
「日本酒は日本そのもので、中には日本が詰まっています。日本を理解してもらうためにはなくてはならないものなのです。いずれ海外の至る所で日本酒が造られ、世界中の多くの皆さまに愛されるようになり、ワイン好きがボルドーやブルゴーニュを訪れるように、日本酒好きが日本に、山形に、行きたいと思ってもらえるよう、『山形を日本酒の聖地』にすることが夢です。そして『吟醸酒なら出羽桜』と言っていただけるように努力してまいりたいと思います」
競争相手とともに
「そんな夢に一歩でも近づきたい。その第一歩が輸出なのです。その夢の実現のためには、ひとつの蔵だけではなく、日本酒業界全体の底上げが必要だと思うのです。だから、アメリカのニューヨーク州に工場を作っている獺祭(旭酒造の純米大吟醸酒)を応援したいと思っています」と熱い口調で語った。
<獺祭は純米大吟醸酒だけに特化した酒蔵で、言うなれば、出羽桜の競争相手なのだ。その獺祭の海外進出を応援するとは...>。僕は正直驚いたのと同時に、4代目の酒造りの真摯さを見た思いがした。その真摯さは3代目の「酒造りの原点は(信州・諏訪の酒蔵)真澄」との言葉につながっていると感じた。
僕は「なるほど、それで分かりました。4代目は生酒をより良い品質で貯蔵し、大手酒造メーカーとは異なる常温流通できない生を出すことを考え、三菱レイヨン(現・三菱ケミカル)と共同開発した日本酒用の『膜脱気装置技術』の特許を取らなかった理由が。特許を取ると装置の普及が遅れ、日本全国の中小の酒蔵が常温流通できない生酒を出すことができない。つまり業界全体の底上げにつながらない」と伝えた。
「そうです。私の基本には良いものは皆で共有するとの思いがあります。全国の蔵元さんにとって良いことはオープンにするようにしています。技術というのはベールに包んでもいつかは必ず並ばれますから。それならばオープンにしておいた方が、大切な本当の情報も入ってきますし、また次を考えるようになります。その分変革も早まると思うのです」
「さらに、本業で利益を上げられるようにしないと長く続かないと思います。日本酒業界としても、出荷量は最盛期の4分の1になってしまいましたし、『自分の蔵だけが良い』ではなく、長いスパンで見て『業界全体を底上げし、業界全体が伸びる』。それが先ほど言った日本酒がワインのように海外のあらゆるところで造られ飲まれることにつながるのです」
「そんな思いで私どもは、22名の後継者を研修生として受け入れ、2~3年のスパンで研修していただいています。共に力を合わせ、日本酒を盛り上げていきたいと思っています。研修生も出羽桜の大切な財産です」
僕が「浅間酒造の櫻井武社長も出羽桜酒造で2年間研修しましたね」と言ったところ、「そうです。実家に帰り彼が造った『秘幻』は、全国新酒鑑評会で金賞を取りました」と4代目は、弟子の受賞を我が事のように喜んでいた。
取材が終わった後、4代目は事務所の横にある美術館を案内してくれた。「仲野さん、この美術館は以前、事務所の横にあった居宅ですね」と聞くと、「そうです。以前の事務所は3代目の時に建て、その事務所と横にあった居宅を拠点に3代目が吟醸酒を生み出し、今はその居宅を美術館として使っています」
《4代目が建てた近代的な事務所は、歴代の蔵元がつないだ吟醸酒の21世紀への新たな挑戦ー出羽桜の新たな時代に向けた海外への挑戦ーの起点なのだ》
今の日本が失いつつある「家」という祖先からの精神的な繋がりが、ここには確実に存在する、と僕は思った。なぜかホッとした気持ちがした。
連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。次回(第4回)は12月1日に掲載します。
第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。
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