レモンワインと日本最古の酒米 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第7回 稲田宗一郎 作家
2023.02.15
レモンワインに挑む
1964(昭和39)年のレモンの輸入自由化により、国産レモンの一大産地であった中尾醸造(広島県竹原市)の地元農家は、壊滅的な打撃を受けます。その後、輸入レモンのポストハーベスト農薬が問題になって国産レモンが見直され、新たにレモンが新植されますが、昔ほどの販路はありませんでした。
中尾醸造の6代目中尾強志は町や農協から、地域おこしのためのレモンワイン開発を頼まれます。6代目はこのプロジェクトにチャレンジし、2002年にレモンの果実酒「大長檸檬酒」を開発します。この果実酒は品質・栽培面積ともに全国一を誇る地元の「大長檸檬」の絞りたて天然果汁を、1本当たりレモン5~6個相当分を使用し、独自の製法で発酵熟成させた世界的にも珍しい極めて純度の高いレモン酒ワインです。
(左からレモンのお酒(ワイン)、誠鏡 純米吟醸雄町 生酒、誠鏡 純米吟醸 プリンセスミチコ)
深み生む雄町米
中尾醸造は現存する日本最古の酒造好適米である雄町米(おまちまい)を、竹原市仁賀地区の農家と契約し1万6000平方㍍、広島県神石郡神石高原町で約1万3000平方㍍で無農薬栽培しています。雄町米とは160年前に発見され、品種改良されることなく栽培されている唯一の酒米品種です。
雄町米は系統的には酒米として有名な山田錦が先祖の個性的な酒米で、生産量は少ないですが人気が高い酒米として知られています。また、粒が大きく、ふくよかな丸みがあり、味わいは重めだが、しっかりとした酸があるので切れが良いと言われています。
(仁賀地区の雄町米契約農家の圃場)
中尾醸造は雄町米を自社で精米し、雄町米の個性を最大限に引き出すために、きめが粗めの中空糸フィルターを使い、新酒や生酒の原料米として使用しています。粗いフィルターを使うのは、うまみが残り、非常に深く、ずっしりとした味わいになる傾向があるからです。この特徴を生かしたのが「誠鏡 純米吟醸雄町 生酒」です。この日本酒のコンセプトは「できたてに近いお酒」であるということです。
さらに、「純米吟醸プリンセスミチコ」は、東京農業大学バラ酵母PM-1を使い、原料米に100%雄町米を55%まで精米し、「米こうじ造り」に手間と時間をかけて丁寧に醸したお酒です。
花酵母のプリンセス・ミチコは取り扱いが難しくデリケートな面をもっているので苦労したようですが、日本酒度が±0、酸度は1.5、中辛に仕上がったそうです。花酵母の華やかで上品な香りと爽やかな酸味を楽しめるのは、この雄町米とバラの花酵母が見事に絡みあった結果だということができます。
連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。次回(第8回)は3月1日に掲載します。
第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
第3回:吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す
第4回:コメへのこだわりと挑戦 4社統合の伝統、宮城・一ノ蔵
第5回:5代目は日本酒エンターテイナー 南部美人、新時代の蔵元が世界へ
第6回:リンゴ酵母と大吟醸創る 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。
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