「足し算の酒」で日本酒造り革新 浦里酒造店の若き6代目 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第15回 稲田宗一郎 作家
2023.06.15
浦里酒造店(茨城県つくば市)の浦里知可良氏は、東京農業大学の醸造科学科を卒業した、ことし32歳になる6代目蔵元だ。農大卒業後、山形県天童市の酒蔵・出羽桜酒造で2014年から2年半、「旭興」の銘柄で知られる栃木県大田原市の渡邉酒造で1シーズン研修した。
そののち酒類総合研究所(広島県東広島市)に1年半在籍し、これまでに習得した酒造りの技術の理論的裏付けや、昔ながらの日本酒の製法である生酛(きもと)造りや酵母について学んだ。
出羽桜では酒造りの基礎を学ぶとともに、蔵元の仲野益美氏からは「これからの蔵元は経営と酒造りの両方が必須」との経営哲学を、また渡邉酒造では蔵元の渡邉英憲氏から、南部杜氏が伝えてきた南部流の酒造りを学んだ。「この渡邉酒造での経験が、現在の酒造りのベースになっている」と6代目は話してくれた。
出羽桜酒造と渡邉酒造は南部杜氏のつながりが強く、特に渡邉英憲氏は南部杜氏自醸清酒鑑評会で、歴代3人しかいない首席を2回(第100回と第103回)受賞した、6代目の酒造りの師匠のような存在だ。
この2蔵での経験が6代目の南部杜氏のこだわりにつながり、蔵に戻って3年目の2020年に醸した「霧筑波」により、第102回の南部杜氏自醸清酒鑑評会の吟醸酒の部で、史上最年少の首席を獲得した。
南部杜氏自醸清酒鑑評会では上位を狙い、小川酵母を変異させたM310酵母を使った。M310はカプロン酸エチルの香りが出る酵母で、華やかな香りと甘み、そこにきれが両立できたことが良かったと話してくれた。
(史上最年少で首席を取った6代目)
<全国新酒鑑評会には小川酵母で醸す純米大吟醸で挑戦している>
鑑評会で純米大吟醸の高い評価を得る現在のトレンドは、リンゴ系の香りで華やかなカプロン酸エチル系だ。小川酵母の酢酸イソアミル系のバナナ風味の穏やかな香りを持つ酒は、これと逆の酒質になるため、出品が少ない。カプロン酸エチル系では出品された酒の4分の1が金賞を取るが、酢酸イソアミル系では10分の1以下にとどまる。難しい挑戦ではあるが、6代目は3年連続で小川酵母で醸す純米大吟醸により金賞を受けている。
「なぜわざわざ、トレンドに逆らってチャレンジするのですか」と筆者が問うと、「難しいもの、革新的な酒造りに挑戦することが職人としての誇りです」と答えた。
プリンセスミチコと浦里
農大酵母のプリンセスミチコの酒造りについて聞いた。
「農大と包括連携協定を結んでいる茨城県阿見町から『阿見の酒を造りたい』との連絡がありました。阿見町には酒藏がなかったので、浦里酒造店に話が来ました」
「中田久保名誉教授が花から酵母を分離することに成功したプリンセスミチコと、阿見町産の食用米ミルキークインで造りたいとのことでした。プリンセスミチコはやや発酵の力が弱いところがあり、ミルキークインはアミロース米なので、麹を作るときに固まって『だま』になる傾向があり、取り扱いに気を使いました」
(産学官連携の純米大吟醸「桜翔」=左、6代目が醸す「浦里」)
6代目はいま、小川酵母で醸す新ブランド「浦里」で革新的な酒造りに挑戦している。
「酒造りで苦労するところはどこですか」と聞くと、「小川酵母は酢酸イソアミル系の香りは元々もっているのですが、それを上手く引き出すには杜氏の技術が必要です。酒造りはコメ、水、麹、酵母などが一つのタンクの中で混ざり合い、複雑な発酵によって生み出されます。その発酵を上手くコントロールし、目指している酒質に近づけていくことは非常に難しいことですが、やりがいがあります」と目を輝かせて答えた。
さらに「霧筑波が地元の酒とすれば、『浦里』は茨城県外へ発信する酒で、霧筑波が余計な味わいを引いて造る引き算の酒だとすると、浦里は小川酵母の香りや、お米の持つ味わいを強く引き出して造る足し算の酒です」と教えてくれた。
酒造りの夢を目指して
6代目が手掛ける「浦里」ブランドでは、コメ・水・酵母・麹菌のすべてを茨城県の原材料で造った「オール茨城酒」に取り組んでいる。「浦里」の純米酒では「五百万石」、純米大吟醸では「吟のさと」と茨城県産の酒米のみを、特に純米吟醸は小川酵母と茨城生まれの酒米「ひたち錦」を使用した「オール茨城酒」を醸している。
「使ってみると分かるのですが、茨城県産の酒米「ひたち錦」と代表的な酒米の「山田錦」を比較すると大きな違いがあります。そのお米の持つ米質や個性をつかみ、持っている味わいを最大限発揮させてあげることが杜氏としての技術で、そこが自分の目指すところだと考えています。ひと昔前までは硬水は辛口、軟水は甘口と言われていましたが、今では技術によってある程度までカバーできます」
「機械や分析によるデータは確かに重要ですが、酒造りにはデータだけでは感じとれない何かがあり、その『何か』を感じ取るには杜氏としての経験が必要です。また酒造りにはそれぞれの蔵の個性があり『これが正解』という1つの決まった答えはありません」
最後に<これからの酒造りの夢は>と聞いたところ、
「第102回の南部杜氏自醸清酒鑑評会で最年少の首席になったときに、出羽桜の益美社長が花束を贈ってくださいました。それを手に取った時に、涙が出てきたことを覚えています。将来、他の蔵のご子息、ご令嬢が弊社で酒造りを学びたいという話があった際には、間違いのない知識とそれまでの経験を全て伝えられるよう、勉強と技術の研鑽を続けていかねばならないと思っています」
「それが杜氏としての自分のためにもなりますし、学ばせていただいた益美社長、渡邉社長への恩返しになるので、酒造りに向き合う大きなモチベーションのひとつになっています。日本酒の伝統を守るだけではなく、最新の理論や技術は積極的に取り入れ、新しい伝統を創っていけるような革新の酒造りに取り組んできたいです」と力強く語ってくれた。
連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。
第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
第3回:吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す
第4回:コメへのこだわりと挑戦 4社統合の伝統、宮城・一ノ蔵
第5回:5代目は日本酒エンターテイナー 南部美人、新時代の蔵元が世界へ
第6回:リンゴ酵母と大吟醸創る 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
第7回:レモンワインと日本最古の酒米 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
第8回:7代目蔵元「3つの理念」で酒造り 蓬莱泉の関谷醸造
第9回:消費者との接点を求めて 蓬莱泉の関谷醸造
第10回:家族が守った手造りの酒 石鎚酒造、杜氏引退で覚悟
第11回:3杯目からうまくなる酒 石鎚酒造、時間かけ作り込む
第12回:誰にも負けぬ酒造りの情熱 「東洋美人」の澄川酒造場
第13回:同士の力で奇跡の復活 澄川酒造場の継承と革新
第14回:誕生の原点は「出羽桜研修」 浦里酒造店、小川酵母にこだわり
稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。
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