給食無償化で鶏肉消費増へ 農業大国インドネシアの食料安全保障(4) NNA
2024.07.02
世界第4位の人口を持つインドネシアにおいて国民の栄養不足の解消は、食料安全保障上の課題の一つだ。2月の大統領選挙で当選したプラボウォ・スビアント国防相は、全国の給食無償化を公約に掲げ、準備に向けて動き出している。栄養価の高い食事を支えるタンパク源を摂取する上で、インドネシアの人口の約9割を占めるイスラム教徒にとって豚肉は禁忌であるため、鶏肉が重要視される。鶏肉の消費量は周辺国と比べて多くはなく、養鶏産業にはスタートアップ企業も参入し生産拡大を支えている。(写真上:養鶏農家の支援を専門とするスタートアップ企業ブロイラーXのプラスティヨCEOは、次期政権の給食無償化で鶏肉消費量が拡大すると見込む=3月、ジョクジャカルタ特別州。NNA撮影)
「私がまず焦点を当てる政策は食料安全保障だ。食料を自給自足し貧困を削減する。特に若者の飢餓をなくすということを決意している」。5月にカタールで開かれた経済フォーラムで、プラボウォ氏は次期大統領としての経済政策を語った。
インドネシアは農業大国だが、英誌エコノミストの調査部門であるエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)が公表している「グローバル食料安全保障指数(GFSI)」で、113カ国中63位にとどまっている。食料の90%を輸入しているシンガポール(28位)よりも低いことは、関係者の間で広く知られている。
同指数は「食料の入手しやすさ」や「品質・安全性」など大きく4項目で評価されている。インドネシアの食事は、タンパク質の含有量が少なく、でんぷん質が多いことが指摘されるなどして、品質・安全性の評価が113カ国の平均よりも低い。
これに対して、プラボウォ氏は大統領選で栄養バランスの取れた無料給食を提供することを公約に掲げた。同氏の経済チームはこの公約実現に、年間で670万トンのコメ▽120万トンの鶏肉▽50万トンの牛肉▽100万トンの魚▽400万キロリットルの牛乳――などが必要になると見積もる。
このうち牛乳は、23年の生産量が約84万トンで自給では賄えないため、乳牛の輸入が必要だという。
鶏肉(ブロイラーや地鶏などの合計)の同年の生産量は約444万トンで自給率は100%に達している。鶏肉は1人当たりの年間消費量が約8.2キログラムで、過去10年間で2倍に増えている。経済協力開発機構(OECD)が公表した、1人当たりの鶏肉消費量で、インドネシアは、消費量がアジア主要国で最大のマレーシアの4分の1に過ぎず、今後さらに需要と生産の拡大が見込まれる。
食料の生産拡大が前提となる給食無償化は財政出動が必須となる一方、プラボウォ氏は財政赤字の対国内総生産(GDP)比を3%以内に抑えることも強調しており、財政規律を守りながら進めるもようだ。
■養鶏農家の収入向上で持続的に生産
財源が限られる中で給食の無償化を実現するには、安価で高品質の食料を供給する民間企業の生産体制の拡充が鍵を握る。このうち養鶏業界では、高品質な鶏肉や鶏卵を持続的に生産するための新たな取り組みが進められている。
ジョクジャカルタ特別州を拠点とする養鶏専門のアグリテック(先端農業技術)企業ブロイラーX(BroilerX)は、契約した養鶏農家に対して、飼料▽ブロイラー用のひな鳥▽養鶏場の温度や湿度管理などを行うモノのインターネット(IoT)デバイス▽金融機関と連携した融資――などを提供している。契約農家が育てた鶏や鶏卵はブロイラーXが買い取り、伝統市場へ流通させたり、食肉加工して食品会社や飲食店など向けに供給したりしている。
(ブロイラーXは養鶏場の温度管理などを行うことができるIoTシステムを提供している、同社の公式ユーチューブより)
同社は、20年に養鶏農家向けのIoTシステムなどを手がける会社として設立し、22年10月から生産・流通・加工・販売までを手がけるエンドトゥーエンドのビジネスモデルを開始した。同社のプラスティヨ創業者兼最高経営責任者(CEO)は「協同組合に近いビジネスモデルだ」と説明する。
プラスティヨ氏によると、これまでにジョクジャカルタ特別州や中・東ジャワ州などの養鶏農家650軒以上と契約。今後、東・南カリマンタン州、西ヌサトゥンガラ州、バリ州などにも広げる意向だ。
(ブロイラーXが提供しているIoTシステムの画面、同社の公式ユーチューブより)
ブロイラー1羽当たりにかかる運営コストは3000~3500ルピア(約29~34円)だが、IoTデバイスを使うことで最大1400ルピア程度を節約できる。これにより、ブロイラーの飼育開始から出荷までの1サイクルで、農家の収入を30~50%程度増加させることができるという。
また、小規模農家が持続的に生産拡大を図るためには、融資へのアクセスも重要だ。ブロイラーXは、地場フィンテック(ITを活用した金融サービス)企業と提携し契約農家向けの融資枠を獲得。地場アマルタが1000億ルピア、同コインワークスが600億ルピア、シャリア(イスラム法)準拠型のフィンテック企業カズワが1000億ルピアの融資枠を設けた。
養鶏農家は融資を受けるために必要な情報として、IoTシステムで収集した養鶏場の運営データをブロイラーX経由で各フィンテック企業へ送る。プラスティヨ氏によると、契約農家のうち融資を受けたのは全体の約4割。養鶏で最もコストがかかる飼料の購入費などに充てているという。
一方、給食無償化政策について、プラスティヨ氏は鶏肉需要の拡大につながると好意的だ。また、ジョコ・ウィドド政権が社会的支援(Bansos)の一環で実施した、発育不全の子どものいる家庭に鶏肉と鶏卵を支給する取り組みが継続されれば、さらに消費量は増えると指摘。25年には、1人当たりの鶏肉消費量が9.13キロに拡大するとみている。
その上で、プラスティヨ氏は「シンガポールのほうが、食料生産国のインドネシアよりも食料安全保障が優れているというのは皮肉だ」と話し、自国の鶏肉生産量の拡大に貢献したい考えを述べた。
(IPOを実施し業界トップ5の企業になることを目指すと話した=3月、ジョクジャカルタ特別州、NNA撮影)
■日本の官民、養鶏産業・給食無償化を支援
ブロイラーXは昨年末にプレシリーズAラウンドで350万米ドル(約5億5900万円)を完了し、今年に入りエクステンションラウンドで30万米ドルを調達。27年に新規株式公開(IPO)の実施と、国内で養鶏産業のトップ5企業となることを目指している。
同社には日本のベンチャーキャピタルのW(東京都渋谷区)が出資している。Wの担当者は、インドネシアは経済成長が著しく、鶏肉消費が今後さらに増えると考えられ、鶏肉市場に大きな可能性を感じていたと説明。ブロイラーXへ投資を決めた理由の一つとして、「経営陣がみな鶏肉農家としてのバックグラウンドを持ち、鶏に関するエキスパート集団であるため」とした。
また、「養鶏農家へ提供するサービスを全て自分たちでリプレイス(入れ替え)していくこと、対企業(toB)だけではなく対消費者(toC)分野への参入、海外展開を見据えた事業計画など、ビジョンが大きいことも魅力だ」としている。
ブロイラーXのような新興企業が、食料生産の拡大と持続性を向上させることで、新政権による給食無償化も弾みが付く。
一方、日本政府関係者によると、日本の給食システムを知ってもらうために今年の秋ごろにインドネシアの関係者を日本へ招くための調整を進めているという。インドネシアの給食無償化の実現や食料安全保障の強化のために、日本の官民の役割も期待されそうだ。(本特集は京正裕之が担当しました)
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