おいしい!「衝動」が地域と未来を変える 中川めぐみ ウオー代表取締役 連載「グリーン&ブルー」
2024.07.08
「日本中の元気がない漁師町を回って、魚の締め方を伝えて価値を高め、盛り上げていくのが夢ながやちゃ!」(写真はイメージ)
少年のような瞳で、そう話すのは富山県魚津市の漁師、浜多虎志(はまだ・たけし)さん。通称"虎(とら)さん"は漁師になって20年、今年50歳の節目を迎えました。漁業界では若手と呼ばれることもある50歳。それにしても虎さんは会うたびに、新しいチャレンジや夢を嬉(うれ)しそうに語ります。そして筆者がたびたび相談するむちゃ振りにも、ノリノリで応えてくれるのです。
虎さんは、なぜこんなにフットワークが軽いのか? 出会った頃は不思議に感じた筆者ですが、徐々に分かってきたのは至ってシンプルな原動力。「おいしい! 楽しい! やってみたい!」。そんなわくわくな衝動に突き動かされているのです。
虎さんは県の公式サイトでも推される、イケてる漁師。特徴として、魚をよりおいしく食べるための「締める」技術がたけていることがあります。
この「締め」の技術は、最近では料理人を中心に認知度も増し、各地で需要が高まってきました。しかし虎さんが関西との縁で初めて「締めた魚」に出合った20年ほど前は、富山での認知度はほぼゼロ。頭部を刺して一瞬で脳死状態にする「悩殺」などを施した魚を市場に並べたところ、周囲から「魚を傷つけるな!」と怒鳴られ、売値をたたかれてしまったそう。普通ならばここで諦めてしまいそうですが、虎さんは違いました。売値をたたかれても、文句を言われても、独りで締めの技術を研究し続けたのです。
この話を伺った時は、どんなに深い考えでつらい時期を乗り越えられたのかと思いました。しかし理由を聞くと、返ってきたのは、「締めた方がおいしいから」の一言。思わず拍子抜けしそうでしたが、20年前に初めて食べた"締めた魚"にどれだけ感動したか、どんな工夫や失敗をしてきたか、とにかく楽しそうに話す虎さんを前に、シンプルな衝動がどれだけ強力なものか再認識しました。(最近読んだハーバード教育大学院研究者の「Dark Horse」という本が勧める生き方を、まさに体現されています!)
虎さんの魚は数年前から地元の料理人さんたちの口コミで広がり、今では東京や大阪からもラブコールが届くように。市場でも「虎ブランド」として高値で扱われるようになりました。
最近では地域の小学校や親子、おじいちゃんなど、さまざまな世代に向けた魚捌(さば)き教室なども開催されています。理由はやはり「おいしいを伝えるのが、楽しいから!」。そしていつかは日本中を回って、各地の浜を盛り上げるのが夢だと語っています。
課題に対し、つい難しい顔になりがちな私たち。虎さんのようにシンプルな衝動を大切にすることこそ重要で、理想の未来につながっているのかもしれません。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年6月24日号掲載)
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