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家族が守った手造りの酒  石鎚酒造、杜氏引退で覚悟  連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第10回  稲田宗一郎 作家

2023.04.01

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家族が守った手造りの酒  石鎚酒造、杜氏引退で覚悟  連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第10回  稲田宗一郎 作家の写真

 2023年1月10日、新幹線は岡山駅に着いた。13分の乗り換えで特急しおかぜ9号に乗り、瀬戸大橋を渡り、石鎚酒造(愛媛県西条市)のある伊予西条に向かった。

 石鎚酒造の蔵元の越智家は、庄屋から廻船問屋、そして、1920(大正9)年に酒造業へと転じ、現蔵元の浩氏が5代目にあたる。4代目の英明氏の時代、石鎚の酒造りを担当していた越智杜氏の引退が迫っていた。当時、四国には70近い酒蔵があったが、その多くの蔵では杜氏が引退して、酒造りを続けるかの判断に迫られていた。

 新たな杜氏を雇用するとなると多額の資金が必要だったので、多くの蔵元には、①新たな杜氏を雇用し酒造りを続ける②杜氏の酒造りをやめ自分たちで酒造りを続ける③酒造りを廃業するーの3つの選択肢があった。石鎚は2番目の道を選んだ。

守り抜く覚悟


 越智浩氏は1993年に東京農業大学を卒業し日本酒関連商社に就職していたが、97年に商社を辞め、石鎚酒造に入社し酒造りを始めた。同時に、東京農大の同じ研究室を出た浩氏の妻が、酵母培養室を立ち上げ、浩氏の酒造りをサポートした。さらに、東京農大を卒業して茨城県結城市の酒蔵・武勇に就職し酒造りの修行を始めていた弟の稔氏も、99年に石鎚酒造に戻った。

<家族全員で石鎚酒造を守り抜く覚悟だった>

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(蔵人との酒造り)


 そのような状況の中、1998年に高齢の越智杜氏は石鎚酒造を去った。杜氏が引退するまでは、石鎚酒造は売り上げの98%を普通酒が占める酒蔵だった。しかし、跡を継いだ5代目の浩氏はこれまでの普通酒を中心とした経営では、競争には勝てないことは分かっていた。

 しかし、浩氏には「新しい酒」を造る自信がなかった。杜氏とともに酒を造ったのは、わずか2年だった。2年の経験で「新しい酒」を造れるのだろうか、酒造りは一発勝負だ。

<自分にうまい酒造りができるのだろうか?>

<洗い、蒸し、発酵させたコメが、うまい酒に生まれ変わるだろうか?>

<仕込んだコメが全部だめになったらどうしようか?>

「考えれば考えるほど夜も眠れなかった」と浩氏は語ってくれた。

つながりの力


 そんな時に天から助けがあった。母校・東京農大のつながりだった。学生時代に師事した中田久保教授と穂坂賢講師だった。中田教授は、後に「花酵母」を発見した先生だ。もう一人は、広島から高松に異動してきた国税局鑑定官室の上田護国室長だった。

 浩氏は東京農大OBでもある上田室長に、正直に「酒造りの不安」を相談した。ワラにもすがりたい気持ちだった。上田室長は、「鑑定室は、君たちのためにある。僕が指導するから大丈夫だ」と、強く言った。

 その言葉を「心のよりどころ」とし、越智兄弟は、持っている技術のすべてを酒造りに投入した。上田室長も何度も蔵を訪れ、熱い指導をしてくれた。恩師の教授もわざわざ東京から駆け付け、こうじ作りを見届けてくれた。

 兄弟はうれしかった。

1999年が暮れた>

 2000年2月、越智兄弟が仕込んだ石鎚酒造「大吟醸」は完成した。

 兄弟の酒は、2000年の四国清酒鑑評会で「金賞」を受賞し、さらに、同年の全国清酒鑑評会で「銀賞」を受賞したのだった。

 その時の心情はどうでしたか聞くと、浩氏は、「心底、ほっとした...」と答え、同時に、「自分たちに来年も同じ酒ができるのだろうか?」と新たな不安が生まれたと答えてくれた。

 翌年、越智兄弟は再び、酒造りを開始した。酒の出来栄えが心配だった。

 出来た酒を口に含んだ上田室長は、一言、「大丈夫だ」と言って、兄弟の肩を叩いてくれた。その時に浩氏は、涙が出て、これで石鎚はやっていける、と思った。

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(左から純米大吟醸バンキッシュ、大吟醸 大雄峰、限定大吟醸 無濾過原酒)



 それ以降2022年まで全国新酒鑑評会に23回出品し、うち20回は入賞以上、2016年からは5年連続、通算9回の最高位・金賞を受けている。

 5代目の浩氏に「石鎚酒造の酒造りのこだわりは?」と聞くと、一言、「食中に活きる酒造りです」と答えた。僕がもう少し詳しく説明してくれないかと言うと、石鎚の酒造りは、大型の仕込みでは出来ない手造りの酒が基本で、その蔵元の姿勢と情熱を酒の中に注入し、「石鎚を愛していただくお客さまのために造る、3杯目からうまくなる酒」を目指していると話してくれた。(次回に続く)


 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。次回(第11回)は4月15日に掲載します。
 第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
 第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
 第3回:吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す
 第4回:コメへのこだわりと挑戦 4社統合の伝統、宮城・一ノ蔵
 第5回:5代目は日本酒エンターテイナー 南部美人、新時代の蔵元が世界へ
 第6回:リンゴ酵母と大吟醸創る 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
 第7回:レモンワインと日本最古の酒米 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
 第8回:7代目蔵元「3つの理念」で酒造り 蓬莱泉の関谷醸造
 第9回:消費者との接点を求めて 蓬莱泉の関谷醸造


 稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。

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