ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第1回 稲田宗一郎 作家
2022.09.01
吾妻線の長野原草津口で下車し、かなり長いホームを進行方向に向け進み改札を出てタクシーに乗った。タクシーは深い青色を抱えている吾妻川を渡り右折した。しばらく進むと、右側に大きなドライブインが目に入った。浅間酒造観光センター(群馬県長野原町)だ。1872(明治5)年に創業された浅間酒造株式会社の現会長の櫻井芳樹氏が事業の多角化のために1988年にオープンした施設だ。
今回はこの観光センターで、櫻井芳樹会長と社長の櫻井武氏に、「純米大吟醸 八ッ場の風」に関わる思いと今後の酒つくりの夢について語ってもらった。
「八ッ場の風」は、八ツ場ダムの建設時に作られた工事用のリムトンネルで寝かせた純米大吟醸だ。リムトンネルは、内部の温度が10~15度で安定していることから、浅間酒造では酒の貯蔵に活用している。(上の写真:同社提供)
昨年(2021年)7月に、「八ッ場の風」の純米吟醸酒と純米酒のトンネル貯蔵を始め、10月に販売したところ、購入者からの評判が良かったため、今年は4月上旬から酒を約2カ間寝かせ、5月末から720㍉㍑、3000円で1000本限定販売を始めた。
香り華やか、味わい優しく
筆者も試飲したが、その味は、トンネル所蔵の効果か、やや、甘みがあるまろやかな豊かな味がした。「この酒の酵母は?」と聞いたところ、「英国から献上されたバラ『プリンセスミチコ』の花から、東京農業大学が分離した花酵母で仕込まれた酒で、華やかな香りと優しい味わいが特徴」とのことだった。
そう武社長から言われて、もう一口味わうと、ー確かに、気品高いー感じがした。
この「八ッ場の風」は、原料の酒米にも地元に根差した酒蔵らしいこだわりがある。武社長はそのこだわりについて次のように語った。
「酒作りとしてはワインの造り手がブドウから育てるように、私たちも米から栽培することで"真の地酒"を醸したい。そんな思いから、家の蔵では2011年に酒米の栽培をスタートしました。さまざまな品種から選んだ「改良信交」は、長野原の土地によくなじむ酒米です」
さらに、この酒米の生産は、地元の耕作放棄地を借りて栽培しているとのことである。
田んぼに戻すところから
武社長の案内で中山間の田んぼを案内してもらったが、現在、作付けしている田んぼは、数年間、耕作放棄のままで雑草が生い茂り土も固くなっていた土地だった。そこに重機を入れ、元の田んぼに戻すところから始めたという。
確かに、少し歩いたところには、耕作放棄された田んぼがあった。武社長はこの田んぼを指して、「わずか2年間で草茫々(ぼうぼう)ですよ。この状態からコメをつくるとなると大変ですよ」と教えてくれた。
2011年から始めた酒米栽培は、現在では2.5㌶ほどになっているとのことである。地元の中山間の高齢農家から田んぼを借りてほしいと頼まれているが、酒の販売との関係もあり、これ以上の拡大は難しい状況にある。
東京農大の醸造学科を卒業した武社長が、山形の天童にある出羽桜に2年間修行に行き、その経験を生かし、社員の中から選ばれた地元の技術者と悪戦苦闘しながら、「浅間杜氏」を育てるとの強い目標をもち酒造りに取り組んでいる。その何年かの取り組みにより、清酒「秘幻」は全国新酒鑑評会で何回も金賞を受賞するようになった。
(浅間酒造の酒蔵)
一緒に同行した挿絵を担当する友人が蔵の写真を撮り、帰ろうとすると、「稲田さん、今年の暮くらいに15年間熟成した「幻の日本酒」を発表する予定です。その時にまた、来てください。そして将来は、草津温泉を含む浅間山麓の価値を上げる酒蔵として地域ともに生きていきたい」と武社長は明るい声でいった。
連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、作家の稲田宗一郎さんが、国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。
第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。公式HPはこちら。
関連記事:農協改革をモデルに 稲田宗一郎「錯覚の権力者たちー狙われた農協ー」
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