5代目は日本酒エンターテイナー 南部美人、新時代の蔵元が世界へ 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第5回 稲田宗一郎 作家
2023.01.05
東北新幹線の「はやぶさ5号」は10月12日、定刻通りに二戸駅(岩手県二戸市)に着いた。天気は快晴だった。南部美人は南部藩の「南部」と奇麗な水から醸し出された「美しい」酒のイメージから命名されたと聞いていた。駅前からタクシーに乗り南部美人(同市福岡)に向かった。
事務所に挨拶し、隣の部屋のドアを開け、「お久しぶりです」と挨拶をすると、5代目蔵元・久慈浩介さんの懐かしい顔があった。応接室のソファーに座りお茶を飲みながら、「南部美人の酒造りの原点はどこにありますか」と早速、質問すると、5代目は「酒造りの原点は『現代の名工』といわれた先代杜氏の故山口一氏から始まります」と教えてくれた。
「なぜ、山口氏は現代の名工と言われているのですか?」との問いには、「100年以上続く『南部杜氏自醸清酒鑑評会』で、初めて2年続けて首席第1位を獲り、また全国新酒鑑評会をはじめさまざまなコンテストで金賞を受賞したことから、そう呼ばれています」と答えた。
現在、南部美人を醸しているのは、故山口一氏の技術と酒造りの心をしっかりと受け継いだ松森淳次杜氏と、5代目である。2人は共に岩手県が認定する「青年卓越技能者表彰」を受けている。松森氏は全国新酒鑑評会では6年連続の金賞受賞や、全米日本酒歓評会やモンドセレクションでの受賞など、国内外で高い評価を受けている。
(松森淳次杜氏と久慈浩介さん=右、写真は南部美人提供、以下同)
5代目は東京農業大学の小泉武夫教授の研究室に入り、学生時代から勝山企業(仙台市)の勝山酒造部で「大学生の大吟醸」を造ったり、石垣島の泡盛メーカー八重泉酒造で泡盛の製造から営業までを学んだりして、多くの人を喜ばせる今のエンターテイナーぶりを既に発揮していた。
前回(連載第4回)紹介した「花酵母プリンセス・ミチコには繊細な面がある」との一ノ蔵の杜氏の門脇豊彦さんの感想を5代目に伝えたところ、少し驚いたように「門脇杜氏さんも気まぐれな、少し扱いにくい酵母だと言っていましたか。うちの松森杜氏も同じような感想を言っていました」とうなずいた。
南部美人のプリンセス・ミチコを使った大吟醸は、「お酒と料理の互いの『味力』を引き出すこと」をコンセプトに、酒米に岩手県北部だけで栽培されている品種ぎんおとめを使い仕上げているという。
酵母培養にこだわる
南部美人の酒造りのもう1つのこだわりは、自社での酵母培養である。酵母は最高の状態で酒母に添加して使うのが理想だが、外部委託培養だと、活性状態の酵母を取りに行く必要がある。また香りを豊かに出す「協会1801酵母」などは、通常の3倍近い酵母を酒母で使用した方が良いとされている。
こういった問題を解決するために、南部美人では自社で培養した酵母を酒母に添加しようと、酵母の自社培養に挑戦し、今では、全ての酵母を自社で培養することに成功した。そうすることで酵母をベストのタイミングで使用でき、最高の酒母を造ることができたのだ。
(酒母造りの様子。左は純米吟醸プリンセスミチコ)
事務所の壁に芸能人らしき人のサインが飾ってあったので、5代目に「このサインは誰のものですか?」と聞くと、「確か、元オフコースの大間ジローさんのサインです。オフコースのライブツアーからヒントを得て『南部美人ライブツアー』を始めたので、その記念の色紙です」と説明してくれた。
仲間と日本酒ライブツアー
「『南部美人ライブツアー』ですか?」と不思議な表情をした僕を見て、「芸能人がライブツアーをやるなら、日本酒の酒蔵がライブをやっても面白いのではないかと思ったからです」と答えた。
5代目は年に数回、全国の造り酒屋の仲間たちと日本酒の良さを発信するための「日本酒ライブツアー」を開催している。インターネットではホームページを立ち上げ、日本全国の南部美人ファンに、最新のイベント情報や蔵元だよりを発信している。
《5代目の心の奥に秘められたエンターテイナー性が動き出したのです》
5代目のそんな能力が見事に開花したのが海外輸出だった。全国でもいち早く販路の拡大を目指し、1997年に海外進出をスタートさせた。進出当初は、日本酒セミナー・試飲会のライブは大盛況だったものの、輸出量は伸びなかった。その理由の一つは、現地の仲介業者は日本酒の知識がないことだった。
《温度管理もできていないので、日本酒は本来の日本酒でなくなっていたのです》
仲介業者に何度説明しても、彼らは日本酒の心を理解できなかった。彼らがダメなら自分で売り込む、と5代目は決意し、アメリカの飲食店を1軒1軒回り始める。さらに南部美人を「サザンビューティー」と英語でネーミングし、ラベルも英語表記にするなど、地道な戦いを始めた。
しかし、現実は甘くはなかった。ある店に約束なしで飛び込み営業をした時のこと。店のオーナーから「南部美人などは知らない。売れ残りの日本酒をもってくるな」と、門前払いされたという。
そんな時に救いの手を出してくれた日本食レストランがあった。ニューヨークの有名寿司レストラン「ICHIMURA」(いちむら)」だ。5代目はアポイントを取らずいちむらに飛び込んだが、オーナーの市村栄司氏は5代目の熱い思いにほだされ、南部美人を置いてくれた。
突破口はコラム、日本酒の魅力発信
この時から5代目の新たなチャレンジが始まった。ニューヨークの情報誌(フリーペーパー)「NYジャピオン」にコラム「5代目蔵元 久慈浩介の地酒トーク」をNYジャピオンに毎週掲載し、企業の駐在員ら現地の日本人の間で南部美人の認知度を高め、アメリカ人に口コミで広がることを仕掛けたのだ。
さらに、カリフォルニア、ロンドン、ブラジル、オーストラリアなどで地元情報誌にコラムを執筆し、日本酒の良さを世界に向けて発信し続けた。
転機はアメリカで日本食への関心が高まり、日本食レストランが相次いで開店した21世紀初めに訪れた。これらのレストランでは、銘柄に関係なく新しい日本酒を置くようになり、これを契機に販売数も輸出量も増加していく。
南部美人は世界的な日本食ブームも追い風となり、ニューヨークやロンドンなど欧米はもちろん、アラブ首長国連邦やロシアにもルートを作り、世界55カ国に輸出している。現在は売り上げの35%が海外、65%が国内だが「2025年くらいまでに海外を50%にしたい」と語ってくれた。
5代目の久慈浩介氏と会うと、誰でも彼のバイタリティーあふれる止まらない「マシンガントーク」に圧倒されるだろう。今回の取材でも、「南部美人ライブツアー」「ニューヨークでの単独営業」のエピソードを語り、従来の蔵元のイメージとは正反対の、「動く広告塔」「日本酒のエンターテイナー」ともいえるような新時代の蔵元像をみせてくれた。
連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。次回(第6回)は2月1日に掲載します。
第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
第3回:吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す
第4回:コメへのこだわりと挑戦 4社統合の伝統、宮城・一ノ蔵
稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。
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