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7代目蔵元「3つの理念」で酒造り  蓬莱泉の関谷醸造  連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第8回  稲田宗一郎 作家

2023.03.01

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7代目蔵元「3つの理念」で酒造り  蓬莱泉の関谷醸造  連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第8回  稲田宗一郎 作家の写真

 昨年11月下旬に、岐阜と飛騨古川に仕事で行くことになった。岐阜で一泊することになったので、仕事を終えた木曜日の夜、名古屋の四間道にある関谷醸造の直営店「SAKE BAR圓谷」に行くことにした。土曜日に愛知県設楽町の関谷醸造に行くので、その予備知識を得るために行ったのだ。

 11月下旬の土曜日、豊橋駅からJR飯田線に乗り本長篠駅で降り、9時32分発の田口行バスに乗り伊奈街道を北上した。乗客は僕一人だった。しばらくすると右側に渓谷が現れ、紅葉が綺麗だった。左側の斜面には枝打ちされた見事な杉林がスクッとたっていた。バスは集落に入り右にカーブしてゆっくりとバスセンターに停まった。

 関谷醸造は江戸時代末期の1864(元治元)年に愛知県設楽町で創業された。家は代々庄屋であり、4代目の時に昭和恐慌で打撃を被るが、5代目の時に親戚の支援を受け合資会社として経営を再建した。6代目の蔵元の時に越後杜氏(旧新潟県越路町)の池野杜氏を招聘し、本格的な日本酒造りを復活させた。発表した純米大吟醸「空」が全国新酒鑑評会の金賞を受けた。1990年代の半ば当時、漫画「夏子の酒」のテレビドラマ化から日本酒ブームが起こり、本格的な蔵の再生に向けて動きだした。

 ところが1つ大きな問題が発生した。高齢だった池野杜氏は引退を考えていたのだ。氏の技術を何らかの形で伝承することが、関谷醸造にとっては死活問題として浮かんできた。6代目は酒造りに興味のある職員を集め杜氏として育てることを決め、機械化できる作業は機械化することを決意した。

 池野氏に引退を3年間待ってもらい、その期間で職員に酒造りの指導を頼み、同時に「池野杜氏の技術と機械化をコラボレーションする新しい酒造り」に動きだした。このチャレンジが成功し、現在の関谷醸造の酒造りにつながっている。

 1990年代から機械化に取り組んだ関谷醸造に、今では機械化による酒造りのリーディングカンパニーである山口の大手蔵元もかつて、視察にきたとのことだった。

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(純米大吟醸「空」と純米吟醸プリンセスミチコ=右)


酒造りの3つの理念とは?


 7代目の健氏と居宅横のルームでお会いした。建築家がデザインした部屋のようだった。
 「関谷醸造の酒造りの理念は?」と聞いたところ、健氏は「和醸良酒、人の和によって造られる美酒造りを目指す」と答えてくれ、「酒造り」に必要なものは、「設計図をきちんと作ること」、「丁寧かつ正確な作業を行うこと」、「蔵人のチームワーク」の3つだと教えてくれた。

 「設計図をきちんと作ること」とは、どんなお客様にどんなお酒、たとえば、甘口の華やかなタイプにするのか、辛口の匂いが強くないタイプにするのか、といったことから始まり、その味わいやコンセプトを表現するためには、どんな米をどこまで削るのかを決め、酵母やこうじを選び、発酵のさせ方を考え、熟成の程度を決めていくことだ。

 「丁寧かつ正確な作業を行うこと」とは、酒造りにはさまざまな工程があり、そのひとつの工程に失敗、たとえば、仕込み用のコメが予想以上に水分が少ない時には、杜氏がそのコメに合わせた水分基準値を決め、いつもより、洗米の時間を長くするとか、そのコメが持っている特性にあった丁寧で正確な作業を行うことだ。

 特に精米から米を蒸すまでの原料処理の工程を丁寧に行うことや、こうじ・酒母・醪(もろみ)などの各工程における温度管理、瓶詰め前の濾過・調合については、細心の注意をしないといけない。これらの各工程をきちんと行うために、杜氏が理想的な温度と湿度の時間的な推移をコンピュータに入力しグラフ化し、そのグラフに基づきコンピュータによる温度・湿度管理をコントロールするのだ。

 「蔵人のチームワーク」とは、「和醸良酒を実践するために、蔵人が酒の設計図を共有し、コメの品質・発酵など、それぞれの行程を共有することにより、初めて、人を感動させる酒が造られるのだと話してくれた。チームワークを高めるためには、蔵人個人の技術を高める事が必要なので、愛知県豊田市(旧稲武町)に「ほうらいせん吟醸工房」をつくり、酒造りの匠の技を若い蔵人に伝えるような社員教育を続けている。

 農大酵母「プリンセス・ミチコ」を使った酒造りも、この3つの理念をもとに造られた。バラ酵母が持つ華やかな香りと優しい口当たりで、かつ、スッキリした味わいを表現するために、酒米には自社農場の「夢山水」を使い、精米歩合55%の純米吟醸酒に仕上げたの。(次回に続く)


 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。次回(第9回)は3月15日に掲載します。
 第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
 第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
 第3回:吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す
 第4回:コメへのこだわりと挑戦 4社統合の伝統、宮城・一ノ蔵
 第5回:5代目は日本酒エンターテイナー 南部美人、新時代の蔵元が世界へ
 第6回:リンゴ酵母と大吟醸創る 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
 第7回:レモンワインと日本最古の酒米 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡


 稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。

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