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消費者との接点を求めて  蓬莱泉の関谷醸造  連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第9回  稲田宗一郎 作家

2023.03.15

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消費者との接点を求めて  蓬莱泉の関谷醸造  連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」第9回  稲田宗一郎 作家の写真

 関谷醸造(愛知県設楽町)の7代目関谷健氏は、「人の和によって造られる美酒造りを皆さんに知ってもらいたい、匠の技を未来に伝えたい」という「和醸良酒」の思いを実現するために、消費者との接点を求めて、「吟醸工房」(稲武工場)、「SAKE BAR圓谷」MARUTANI」「ほうらいせん酒らぼ」などを相次いでオープンさせたのでした。

消費者との場を創出


 
20044月にオープンした吟醸工房は、顔の見える酒造り工房を目指し、あえて小規模にしたそうです。規模を小さくしたことで、テストマーケティングが可能な多品種少量生産が可能になりました。このコンセプトは「私だけの酒」として消費者に支持され、酒の種類や味から瓶、ラベルまでオーダーメードできる個人向けサービスに、これまで約250組からの注文があるそうです。
 さらにこの工房はスタッフにとって、酒造技術の継承・研修の場でもあるとのことです。

 13年8月にはSAKE BAR圓谷をオープンしました。このバーは、名古屋の城下を流れる堀川の西側「四間道」の一角にあり、築160年ほどの米蔵を改装した、酒を語るにふさわしい雰囲気のお店です。日本酒の文化と美酒、日本酒に合うさかなを用意し、若い人がフラットに入れるようなコンセプトになっています。

230315関谷 圓谷.png

 筆者も関谷醸造に行く前々日の夜に雰囲気を知るためにお店を訪ね、まず、純米吟醸蓬莱泉「和」を注文しました。口に入った瞬間、「この酒は甘口だ」と感じ、フロアの若者に「この酒は甘いですね。名古屋文化ですか?」と聞くと、その若者は「多分、水がやわらかいのが要因の1つです」と答えてくれました。

 翌々日、この話をしたところ、7代目は「この地区の水は軟水で、普通に造ると甘口の酒になります。(日本酒度を)たとえ+10、+15に仕上げようとしても、辛口になりません。それ以上の辛口にすると腰が折れた味になってしまいます。私たちの蔵では、酒の中に米のうまみや甘みを持ち、やわらかで香味の調和の取れた酒、そんな酒を造っていきたいと考えています」と答えてくれました。

 さらに7代目は、「一般の居酒屋では、売り上げのうち料理が7割、酒が3割なのですが、SAKE BAR圓谷は料理が5割、酒が5割と、当初、われわれが考えた日本酒が主役のバーに近づいています。店では酒をうまく飲む、引き立てるためのアテの充実を試行錯誤した結果だと考えています」と説明してくれました。

 糀MARUTANI(名古屋市中区丸の内)は、20209月にオープンした関谷醸造の日本酒とこうじを使ったドリンクと、奥三河食材を中心とした和食とさかなを提供するダイニングバーで、目玉は、ライブで作る蔵元直伝のこうじを使った料理、甘酒、スムージーです。

 21513日に道の駅したら(愛知県設楽町)内に開設した「ほうらいせん酒らぼ」は、お客さまに酒造りを体験してもらう施設です。地元産の米を使用し実際に米を洗い、蒸し、仕込む、さらに酒の搾りの体験を通じ、日本酒造りの面白さや難しさを体感してもらえる場になっています。

 これらの直営店はお客さまとの接点の場でもあり、さらに、SAKE BAR圓谷は、吟醸工房で試作した小ロットの新酒をテストする、いわば、テストマーケティングの場としても利用されているとのことでした。

地域への貢献

 関谷醸造の特徴としては、地域貢献を忘れてはなりません。地域貢献としては、「農業への取り組み」「蔵元の味、生原酒を量り売り」が挙げられます。

 農業への取り組みは、2006年からの「地域農家の耕作放棄地を活用した酒米つくり」が始まりです。この取り組みは、現在、38㌶まで拡大し、「夢山水」「チヨニシキ」「若水」「祭晴れ」を、4人の職員で栽培しています。うち2人は農業専任職員で、2人は酒造りを兼任しています。この酒米の栽培経験を活用し、今では、契約栽培農家にコメつくりの指導を行っています。

 また、火入れ(加熱殺菌)も加水(アルコール度数の調整)もしていない、蔵元でしか味わえないお酒を地元の皆さんに楽しんでもらいたいと「蔵元の味、生原酒を量り売り」を定期的に行っています。筆者が訪ねた時も限定酒の発売日で、お店の前にはたくさんのお客さまが集まっていました。

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 取材が終わり、蓬莱山の山門に立ち寄り、その日は豊橋に泊まりました。夕食に豊橋駅前のすし屋「羽子吾」入り、蓬莱泉の酒を飲み、すしをつまみながら店の大将と、「今日、設楽町の蓬莱泉の蔵元に会った」と話をしたときのことです。

 「それは偶然だ。お客さん、来週、蓬莱泉カップのゴルフ大会があるので自分も参加する」と言うのです。僕は驚いて、「関谷醸造はゴルフコンペを主催しているのですか?」と聞きました。「そうです、もう何年も開催され、毎回50人以上参加する大きなコンペです。賞品の1等は蓬莱泉の1升瓶3本なんです」。大将は笑って答えました。

 僕は、関谷醸造が地域社会と地域の消費者に温かく受け入れられている気がして、何かホッとした気持ちがしました。
 「大将、蓬莱泉『空』をもう一杯」と元気に注文したのでした。


 連載「農大酵母の酒蔵を訪ねて」は、稲田宗一郎さんが国内で唯一、醸造科学科を持つ東京農業大学が生んだ酵母をテーマに、全国の酒蔵を巡るルポです。次回(第10回)は4月1日に掲載します。
 第1回:ダム堤脇のトンネルで熟成 「八ッ場の風」は華やかな香り
 第2回:吟醸酒ブームここから 出羽桜酒造、歴代蔵元の挑戦
 第3回:吟醸の魅力、世界へ 出羽桜、業界底上げ目指す
 第4回:コメへのこだわりと挑戦 4社統合の伝統、宮城・一ノ蔵
 第5回:5代目は日本酒エンターテイナー 南部美人、新時代の蔵元が世界へ
 第6回:リンゴ酵母と大吟醸創る 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
 第7回:レモンワインと日本最古の酒米 中尾醸造、竹原が生んだ誠鏡
 第8回:7代目蔵元「3つの理念」で酒造り 蓬莱泉の関谷醸造


 稲田 宗一郎(いなだ・そういちろう) 千葉県生まれ。本名などを明らかにしていない覆面作家。2021年7月に遊行社から「錯覚の権力者たち-狙われた農協-」を出版した。

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