小規模農家に利益もたらす? 広がる契約農業 連載「アフリカにおける農の現在(いま)」第8回
2021.02.25
前回(第7回)は、アフリカで近年見られる傾向として、高付加価値の野菜輸出が増加していることに注目した。アフリカから輸出される農作物は、大規模農場で生産されるものもあるが、小規模農家によって生産されたものが増加しているといわれる。アフリカの農家の大半は小規模であり、小規模農家は相対的に貧困で、現金収入も限られていることが多く、この点は重要である。
契約農業とは、品質基準とそれに応じた買い取り価格に関する契約を締結した後、作付けを行う制度のことである。契約によっては生産量や生産期限があらかじめ決められることもある。
(写真上:乾期の少雨のため、まばらにしか生育できていないサヤインゲンの畑。サヤインゲンはアフリカの契約農業で作られる主な作物のひとつである。ケニア・ナクル県、2019年3月、久保田ちひろ撮影)
契約農業の歴史は長い。19世紀に日本が台湾で砂糖の契約農業を実施していた事例や、20世紀初頭には米国の企業が中米諸国で、第二次世界大戦前に欧州の種子会社が米国で野菜の契約農業を実施していた事例がある。
その後、輸送技術の発達や栽培技術の向上により、アフリカでも契約農業が広がった。アフリカで実施される契約農業は、国内市場向けに栽培されるものもあるが、今回は特に国外市場に向けて栽培される契約農業について見ていこう。
労働集約的な作物生産でメリット
農家=生産者にとってのメリットから見ていきたい。農作物は工業製品と異なり、時間経過とともに品質が劣化しやすい。そのため、通常の農家と中間買い付け業者間の直接取引では買い叩きが生じやすい。
そこで事前に価格を決めることで、買い取り時の価格交渉を排除することができる。また購買者側から栽培技術や種子、化学肥料などの投入財が提供される場合、新たな技術導入につながり農家にとってメリットとなる。
購買者側から見たメリットは、必要な供給量を確保し、基準に見合った作物を探すコストを減らせる点である。契約農業は国際的な第三者認証制度であるグローバルG.A.P.(Good Agricultural Practice=適正農業規範)のような、厳格な食品基準の要件を担保するための重要な供給ルートとなっている。
グローバルG.A.P.には使用する農薬の基準も含まれているため、契約条件を農家が遵守することで、生産地での農薬の過剰使用を防止するという副次的な効果もある。
さらに、契約農業では小規模農家が自身の畑を利用して栽培するため、購買者側が栽培用地を直接購入、あるいは賃借する必要がなくなる。そして直接的な人件費や管理コストを大幅に下げられるため、特に機械化が難しく労働集約的な作物では、契約農業を通して生産することがメリットとなる。
以上のような生産者と購買者双方へのメリットを背景に、契約農業はアフリカ農村の経済発展を実現する制度の一つとして、世界銀行や国連食糧農業機関(FAO)などの国際機関が支持する形で1980年代から広がってきた。
確かにケニアで契約農業に参加する小規模農家にインタビューすると「作物の売り先が確保されていること」をメリットとして挙げる声が聞かれた。言い換えれば、アフリカで小規模農家が市場へアクセスすることがそれだけ困難で不確実であり、契約農業はそれを克服する可能性がある。
(写真:さやの中で種子が大きくなったサヤインゲン。食用として問題ないものの、硬くなり食感が悪いため買い取り対象外となる。ケニア・ナクル県、2019年3月、久保田ちひろ撮影)
一方で課題も存在する。想定されるのは、買い取り価格が不当に低く設定される可能性である。単一か少数の購買者に独占された市場では生産者の価格交渉力は弱く、購買者側に有利に決定され、小規模農家が得られる利益は小さくなるとされる。
特に契約対象の作物が国外市場に向けて新しく導入された場合、小規模農家は妥当な買い取り価格が分からないまま購買者が設定した価格に従うことになる。
再交渉で価格アップの例も
購買者による契約の不履行が発生する可能性もある。ここで再び筆者がケニアで調査した例を挙げると、すでに他の地域で十分な供給量に達したため、契約通りに購買者が買い取りに現れないケースや、さらにひどい場合には連絡を絶ってしまう事例がしばしば見られた。このような状況に陥ったとしても、小規模農家の交渉力は弱く、状況を改善することは難しい。
しかし、農家も黙っているばかりではない。ある地域では、買い取りが何度も遅れた企業に対し、小規模農家がグループを形成して団結し、交渉力を持つことで買い取り価格を向上させている事例も見られた。
一般的に言えば、契約農業は小規模農家にとって、これまでアクセスできなかった販路につながるという大きなメリットをもたらす。しかし、実際の例を見ると、グローバルな販路を握っている大規模企業である購買者は力関係の上で圧倒的に強く、十分に小規模農家の利益にならないとの見方も根強い。アフリカにおける契約農業の具体的な展開に注目する必要がある。次回はケニアの契約農業の実例から契約農業を考えたい。
久保田 ちひろ(くぼた・ちひろ)京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻
高橋 基樹(たかはし・もとき)京都大学教授、神戸大学名誉教授。京都大学アフリカ地域研究資料センター長。元国際開発学会会長。専門はアフリカ経済開発研究
連載「アフリカにおける農の現在(いま)」では、アフリカの農業と食の現状を、京都大学の高橋基樹教授が若い研究者とともに報告します。
第1回:希望の大陸? 人口増加と世界
第2回:野菜・果実が主役に 農産物輸出の拡大と変貌
第3回:穀物生産は立ち上がるか 肥料増で生産性上向く
第4回:飢餓の大地の今 食料安全保障の動向
第5回:購買力向上で食料援助は減少 国連世界食糧計画にノーベル平和賞
第6回:広がったキャッシュ・フォー・ワーク 被支援者の主体性強化
第7回:高付加価値野菜の輸出が拡大 豆類や半加工食品、欧州・アジアへ
第9回:受け入れられる契約農業 リスク回避策として選択
第10回:高収量品種の導入で成果 エチオピア、種保存では課題
第11回:食文化への適合も背景に 新作物ライコムギの受け入れ
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