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希望の大陸? 人口増加と世界  連載「アフリカにおける農の現在(いま)」 第1回

2020.07.09

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希望の大陸? 人口増加と世界  連載「アフリカにおける農の現在(いま)」 第1回の写真

 新型コロナウイルスの感染拡大はアフリカにも大きな打撃を与え、食料安全保障と貧困撲滅にとって重要な農業が危機に脅かされている。そうしたアフリカの農業と食の現状を、京都大学の高橋基樹教授が若い研究者とともに連載(10回予定)で報告する。

 第1回は大学院生の田代啓さんとともに、人口と農業生産の推移を分析した。写真はサヤインゲンの作付け。後方はトウモロコシ畑(ケニア・ナクル県、2019年8月、京大大学院生の久保田ちひろさん撮影)

 多くの人がサハラ以南のアフリカ(本稿では単にアフリカと呼ぶ)というと、光の面と影の面とを思い浮かべるだろう。アフリカ諸国は、21世紀になって高い成長を遂げて希望の大陸ともみなされ、日本の企業からの関心も集まるようになった。同時に、アフリカには、貧困、飢餓、感染症の蔓延、紛争などのイメージがついて回る。

 アフリカの高度成長は、2010年代の半ばに減速傾向となり、新型コロナの感染拡大による世界経済の収縮は、それに追い打ちをかけた。それでも、少なくともコロナ危機の前までは、日本企業の関心はアフリカに寄せられていた。それは何よりも、この地域の人口が、最も急速に拡大していることによる。

 下の図1~3が示すように、「アフリカの年」1960年に世界の7%(約2億人)に過ぎなかったアフリカの人口は、半世紀後の2010年には12%(約8億人)にまで膨れ上がった。さらに2060年には、25%(約25億人)となって、南アジアを追い越し、世界最大となる見込みである。

グラフ1枚目.png

グラフ2枚目.png

     (図1~3:国連世界人口予測から筆者作成)

 つまり、巨大な市場となることへの期待が経済界の目をアフリカに引き付けているのである。日本の人口減少を考えれば当然のことかもしれない。

 しかし、人口の急増は必ずしも希望に満ちたものとは限らない。それは、食料や農産物への需要も拡大することを意味している。この需要をアフリカと世界は、果たして将来にわたって満たし続けることができるのだろうか。

 下の図4「アフリカにおける人口増加と穀物生産の推移:1960~2017年」は、1960年から最近までのアフリカの人口と食料の核である穀物生産の推移を示している。これによると、人口の増加にほぼ歩調をあわせるように、穀物生産が増えている。このことは、アフリカは自力で今まで何とか拡大する人口を養えてきたことを意味するのだろうか。

図2.png

     (図4:国連食糧農業機関統計から筆者作成)

 答はイエスであり、ノーでもあり、作物の種類によって異なってくる。アフリカで消費量が最も大きいトウモロコシ、またソルガム(モロコシ)や大麦については、2017年には、生産量が消費量を上回っている。他方で、日本人にもなじみの深い小麦やコメについては消費量が生産量より多い。小麦に関しては、約2200万㌧の消費に対し、生産は約700万㌧と3分の1しかない。当然、小麦やコメの生産と消費の差は輸入で埋めるしかない。

 従来、アフリカへの最大の穀物の売り手は米国であった。しかし、2010年代になって様相が変わり、米国にタイが取って代わり、それにロシアが続くようになった。タイの輸出のほとんどはコメであり、ロシアは小麦である。ロシアは世界最大の小麦輸出国であり、特に2010年代になって急速にアフリカ向けの輸出を増やしている。アフリカの穀物輸入に応じる主役は、こうした新興諸国に代わりつつある。

 下の図5「アフリカの穀物輸出と輸入量の推移」が示すように、過去半世紀を振り返ると、アフリカでは輸入量は増える一方であった。しかし、トウモロコシなどについては、生産が消費を大きく上回っているにもかかわらず、輸出量は低迷してきた。そして、輸出入の差は年を追うごとに拡大している。

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     (図5:国連食糧農業機関統計から筆者作成

 上の図4に示したような人口と穀物生産の伸びの軌跡がほぼ同じということは、人口一人当たりの生産が横ばいであることを意味している。実は、ここに示したアフリカの穀物生産の伸びは、耕作地の拡大によるところが大きい。耕作地の拡大による生産増は、いずれ開墾可能な土地面積の限界に直面せざるを得ない。

 そのとき、アフリカが自らを養うことはいっそう難しくなり、それによって、図5が示すような輸入の拡大を加速するかもしれない。世界人口の4分の1を占める地域が、自らを養えず、外部に依存しなければならないことは、世界全体にとっても大きな問題となるおそれがある。

 このようにアフリカ全体を集計した数値だけをみると、懸念が先に立ってしまう。しかし、穀物ごとに生産と消費の関係が異なるなど、アフリカの農業には多面性がある。そればかりでなく、穀物以外の農作物にも視野を広げ、また国ごとの状況や、村々で起こっていることに目を向けると、暗いとばかりは言えない側面や見通しも浮かびあがってくる。

 次回以降は、そうした具体的な事例に目を向けて、アフリカの農業の現在(いま)について考えていく。

 田代 啓(たしろ・けい)京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻 

 高橋 基樹(たかはし・もとき)京都大学教授、神戸大学名誉教授。京都大学アフリカ地域研究資料センター長。元国際開発学会会長。専門はアフリカ経済開発研究


 第2回:野菜・果実が主役に 農産物輸出の拡大と変貌
 第3回:穀物生産は立ち上がるか 肥料増で生産性上向く
 第4回:飢餓の大地の今 食料安全保障の動向
 第5回:購買力向上で食料援助は減少 国連世界食糧計画にノーベル平和賞
 第6回:広がったキャッシュ・フォー・ワーク 被支援者の主体性強化
 第7回:高付加価値野菜の輸出が拡大 豆類や半加工品、欧州・アジアへ
 第8回:小規模農家に利益もたらす? 広がる契約農業
 第9回:受け入れられる契約農業 リスク回避策として選択
 第10回:高収量品種の導入で成果 エチオピア、種保存では課題
 第11回:食文化への適合も背景に 新作物ライコムギの受け入れ

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