食文化への適合も背景に 新作物ライコムギの受け入れ 連載「アフリカにおける農の現在(いま)」第11回
2021.06.21
筆者はエチオピア南部ガモ高地の中腹部に位置するドルゼ村で、近年栽培の広がっているライコムギを対象に、その栽培と利用の実態を明らかにしようと調査を行ってきた。(写真上:収穫期を迎えたライコムギ=2018年1月、下山花撮影)
ライコムギとは人工的に作出された作物で、ライムギに由来する環境ストレスや病気への耐性と、コムギ由来の高収量性と料理への汎用性を兼ね備えており、1970年代以降、世界的に栽培が始まった新しい作物である。
ドルゼ村の農業普及員は、ライコムギが収穫までに長い生育期間を要し、一年に一度しか収穫できないことを理由に、栽培に対して否定的であり、その代わりにオオムギ改良品種とジャガイモを組み合わせた二毛作を推奨していた。
それにもかかわらず、農民はライコムギの栽培を続けている。今回はドルゼ村に暮らす農民がライコムギを能動的に受け入れ、栽培を続けてきた要因について現地調査を基に紹介する。
受け入れられる新品種は?
国際機関やエチオピア政府の研究機関は、農業の多収化や集約化を目指して、耐病性や高収量性を有した新しい品種の研究を進め、普及活動を行ってきた。しかし、耐病性や高収量性を有する新しい品種や作物が、必ずしも地域住民に受け入れられてきたわけではない。
農民の品種や作物選択の要因を明らかにするには、多収化や集約化という考え方だけに捉われず、農家の求めている内容を多面的に把握する必要がある。栽培や生産の効率だけに注目するのではなく、利用における文化的な価値に焦点を当て、農民が食材としてのライコムギをどのように評価しているのか考えてみたい。
ドルゼに暮らす人びとは、自給的な農業を営んでおり、主要な作物として、南西アジア起源のオオムギやコムギ、そしてエチオピア起源で葉柄や根茎に蓄積するデンプンを利用するバショウ科の根栽作物エンセーテを、古くから栽培している。ライコムギは1970年代に導入され、ドルゼの人びとにとって新しい作物である。
ドルゼ村の人びとはライコムギの穀粒をそのままいり、食前のコーヒーに添える軽食として食べたり、発芽させた種子を用いて酒を造り、冠婚葬祭のときに振る舞ったりしていた。
製粉したライコムギの粉に水を加え、手の中で俵形に押し固めた塊を蒸した料理や、水を加えこねた生地を発酵させずにピザのように薄く広げ、鉄板の上で両面を焼いたパンなど、日常的に食べる主食を作っていた。
これらの料理はライコムギ導入以前から食べられてきた料理であり、古くから栽培しているオオムギやコムギ、エンセーテの発酵澱粉の調理方法をライコムギに適応し、オオムギやコムギ、エンセーテの代替品としてライコムギを利用していることが分かった。
(写真左:ライコムギとテフを混ぜて作ったインジェラ、右:祝祭日にはインジェラに刻んだ肉のスープを添えて食べる=いずれも2019年10月、下山花撮影)
ライコムギの評価を特に高くしていた利用方法は、オオムギやコムギ、エンセーテの発酵澱粉を使っては作ることのできない料理インジェラを、ライコムギ単体で作ることができることだった。
祝祭日のごちそう用にも
インジェラは穀物の粉を水に溶かして発酵させ、薄く焼き、表面に無数の穴の残ったクレープのような料理で、祝祭日のごちそうとして用意され、社会文化的に高い価値が置かれている。
エチオピア起原のイネ科の雑穀テフを材料に作ることが最良とされ、ふわふわとした独特な触感が好まれている。しかし標高の高いドルゼ村では、テフ栽培が難しく、インジェラを作るためにはテフを購入する必要があった。
この問題を解決したのが高度の高いこの地域でも栽培できるライコムギであった。これまで栽培してきたコムギよりも、生地の膨らみ形成に必要なグルテンの含有量が少なく、グルテンをほとんど含まないテフを用いてインジェラを作ってきた農民の求める形質と一致したと考えられる。
欧州や米国では、パンの材料としてふさわしい食材の需要に応えようと、ライコムギのグルテン量を高めようとする研究が主流である(参考文献①、文末参照)。ドルゼの事例は、ライコムギが社会文化的に価値の高いエチオピア固有の食文化インジェラの材料として、形質的に適合したことを示している。
エチオピアの研究者の間では、さまざまな栽培環境においても安定して高収量性を発揮するようなライコムギ品種の作出に力が注がれている(参考文献②、③)。
ドルゼの事例は、ライコムギのような新しい作物が、他地域の食料安全保障に貢献し、人びとに受容され十分に利用されるには、環境適応性や高収量性といった栽培に関する形質に着目するだけでなく、文化的な背景を踏まえた利用にも配慮した、多様な品種の作出が必要であることを教えてくれる。
実際にドルゼでは、複数のライコムギ品種が栽培されており、中には特にインジェラ作りに適していると考えられている品種もある。農民の評価する品種の特徴を検討し、農民が文化的に高い価値を置く形質を知ることは、新しい作物を導入する際の課題を事前に想定するだけでなく、農民の評価する在来品種の形質を新しい品種の作出に活用し、あるいは多様な遺伝資源を農民の考えに寄り添って保全することにもつながる、重要な取り組みであると考えている。
下山 花(しもやま・はな)京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻
高橋 基樹(たかはし・もとき)京都大学教授、神戸大学名誉教授。京都大学アフリカ地域研究資料センター長。元国際開発学会会長。専門はアフリカ経済開発研究
さて、ここまでの「アフリカにおけるの農の現在(いま)」の11回の連載では、アフリカの人びとが作物をどのように耕すかに焦点を当ててきた。しかし、「農」とそれにかかわる人びとにとっての日々の問題は、決して耕作だけではない。村に住んで農をなりわいとする人びとの暮らしは、都会に暮らす人びとと同じように、さまざまな面を持っている。次回以降はシリーズを改めて、アフリカの村に暮らす人びとを取り巻く、病、水、燃料、森などについて考えていきたい。
第1回:希望の大陸? 人口増加と世界
第2回:野菜・果実が主役に 農産物輸出の拡大と変貌
第3回:穀物生産は立ち上がるか 肥料増で生産性上向く
第4回:飢餓の大地の今 食料安全保障の動向
第5回:購買力向上で食料援助は減少 国連世界食糧計画にノーベル平和賞
第6回:広がったキャッシュ・フォー・ワーク 被支援者の主体性強化
第7回:高付加価値野菜の輸出が拡大 豆類や半加工食品、欧州・アジアへ
第8回:小規模農家に利益もたらす? 広がる契約農業
第9回:受け入れられる契約農業 リスク回避策として選択
第10回:高収量品種の導入で成果 エチオピア、種保存では課題
参考文献(第11回)
①Zhu, F. 2018. Triticale: Nutritional composition and food uses. Food Chemistry 241: 468-479.
②Aemiro, B., G. Getawey, and L. Alemu. 2019. Performance of triticale varieties for the marginal highlands of Wag-Lasta, Ethiopia. Cogent Food & Agriculture 5: 1.
③Dagnachew, L., T. Kassahun, and M. Girma. 2014. Genotype by environment interaction and grain yield stability analysis for advanced triticale (X Triticosecale Wittmack) genotypes in western Oromia, Ethiopia. Ethiopian Journal of Science 37(1): 63-68.
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