受け入れられる契約農業 リスク回避策として選択 連載「アフリカにおける農の現在(いま)」第9回
2021.03.25
前回(第8回)は契約農業の歴史や構造、特徴について概観した。今回は現地の状況をまとめ、アフリカの契約農業の実態に迫りたい。(写真:サヤインゲンの出荷風景。コンテナに入れナイロビに輸送する。2019年7月、久保田ちひろ撮影)
筆者は主に東アフリカにあるケニアのナクル県を調査している。同県はナクル湖のフラミンゴの群れで有名だが、同時に園芸作物(野菜、果樹、観賞用の草花など)の生産地としても重要な場所である。
好適地は地価高騰
園芸作物は時間とともに品質劣化が進むため、収穫後にできる限り早く輸送する必要がある。ナクル県は首都のナイロビから主要な幹線道路を通じて車で3時間ほどの距離にあり、輸送に適した立地である。
筆者の調査対象の村は同県の中でも標高が高く冷涼な気温で、水資源へもアクセスしやすい。このような農業に適した土地はケニア全国土の2割程度に限られており、調査村のような環境は希少である。
人口増加や投機的な土地取引により、このような恵まれた環境にある土地の価格は、近年急激に上昇している。従って企業が栽培用地を確保するために土地を大規模に購入するには、多額の投資が必要となる。
前回でも触れたが、このような土地価格が高い場所でこそ、間接的に土地を利用できる契約農業を通してビジネスを行う企業側の動機が高くなる。実際、調査村ではサヤインゲンをはじめとして、エンドウマメ、ジャガイモなど多様な契約農業が導入・検討されている。
契約農業はアグリビジネス企業が強大な資本や情報を基に、アフリカの小規模農家が持つ土地を間接的に利用し労働を動員する制度である、とする意見もある。しかし現実は、農家か企業のどちらかが勝者であると断定できるほど単純ではない。
リスク回避策として選択
アフリカ農家の営農状況を見ると、その理由の一端が理解できる。一般的にアフリカの小規模農家は単一の作物だけを栽培するのではなく、複数の作物を同時に栽培している。その方が虫害や病害で作物が全滅するリスクを避けられるからである。調査村の農家はその多様な作物選択のうちの一つとして、契約農業を捉えている。
(写真:調査村の農家の畑。様々な作物を同時に栽培している。19年8月、久保田ちひろ撮影)
調査対象の農家はグループを組織し、企業からグループを通じて種子の配布を受け、サヤインゲンの契約農業に参加している。サヤインゲンがもうからないと判断すれば、種子を受け取らずに参加を見送る。
何がその時点で最も利益になる作物なのかという判断は、農家ごとの経験や動機に基づいており、十人十色と言ってもよい。「子どもの学費が必要だから、とりあえず今は畑の4分の1をサヤインゲンに使っている」という農家があれば、「契約農業は品質基準が高くてはねられる量が多いから、すぐに売れるトマトの方が絶対に良い」という農家もある。
農家はより確実に短期間でより多くの現金収入を得るための戦略をとる。調査村では契約農業以外にも、トマトやキャベツなどの販売用の作物を栽培できる。その中でも契約農業は価格の変動がなく、いつでも同じ価格で買い取られるという点で重要な選択肢となる。
サヤインゲンという作物の特性も、農家の判断に影響している。サヤインゲンは種をまいてから2カ月ほどで収穫できるようになり、そこから約1カ月間継続して収穫できる。この短期間に現金を得るために適した作物ともいえよう。
調査村ではサヤインゲンは、2017年に契約農業が導入されるまで栽培されてこなかった作物である。若者が研修を受けて企業側のスタッフとして雇用され、グループの農家を訪問して栽培技術を伝えている。そうすることでこれまであまり商業的な農業を行ってこなかった女性が、サヤインゲンの栽培に参加できるようになった例も見られた。
厳しい対応も受け入れ
さらに契約農業に参加する農家は、企業の補助によって雨水の貯水槽を安価に建設することができる。この点も農家にとって大きな魅力となる。これらは契約農業が農家にもたらしたメリットであると言える。
確かに企業側と農家側の間の力関係を見ると、企業の方が圧倒的に大きい。筆者が調査している間にも、企業側から農家グループの会計処理上の問題が指摘され、2カ月ほど種子の配給が止められる事態に陥った。
その間、農家は種子が来ないことに不平を述べながらも、サヤインゲン以外の作物を粛々と栽培していた。彼らにとっては企業側がこのような行動をとることも、リスクとして折り込み済みなのかもしれない。
調査村の農家らは日々の農業実践の中で選択し、工夫し、契約農業という新たな事象を受け入れている。彼らの農の変化、アフリカにおける農業の現在を映し出していると言えるだろう。
前々回(第7回)から3回、契約農業というグローバルな市場と直接かかわる農家について見てきた。調査村に比べ気候が厳しく不便なアフリカの他の地域では、人びとの契約農業への対応も大きく異なるだろう。このことは別の機会に考えることにしたい。
人びとは日常的に広く穀物を作り、摂取している。次回からは穀物がどのようにアフリカへ導入され、現在、受容されているのか見ていこう。
久保田 ちひろ(くぼた・ちひろ)京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻
高橋 基樹(たかはし・もとき)京都大学教授、神戸大学名誉教授。京都大学アフリカ地域研究資料センター長。元国際開発学会会長。専門はアフリカ経済開発研究
連載「アフリカにおける農の現在(いま)」では、アフリカの農業と食の現状を、京都大学の高橋基樹教授が若い研究者とともに報告します。
第1回:希望の大陸? 人口増加と世界
第2回:野菜・果実が主役に 農産物輸出の拡大と変貌
第3回:穀物生産は立ち上がるか 肥料増で生産性上向く
第4回:飢餓の大地の今 食料安全保障の動向
第5回:購買力向上で食料援助は減少 国連世界食糧計画にノーベル平和賞
第6回:広がったキャッシュ・フォー・ワーク 被支援者の主体性強化
第7回:高付加価値野菜の輸出が拡大 豆類や半加工食品、欧州・アジアへ
第8回:小規模農家に利益もたらす? 広がる契約農業
第10回:高収量品種の導入で成果 エチオピア、種保存では課題
第11回:食文化への適合も背景に 新作物ライコムギの受け入れ
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