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穀物生産は立ち上がるか  肥料増で生産性上向く  連載「アフリカにおける農の現在(いま)」第3回

2020.09.10

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穀物生産は立ち上がるか  肥料増で生産性上向く  連載「アフリカにおける農の現在(いま)」第3回の写真

 アフリカは長い間、貧困・飢餓・栄養不足などのイメージで語られてきた。イメージとはいえ、一面の真実でもある。特に、農が人を養う上で一番大切な分野である穀物の生産性は、長く停滞してきた。(写真:小麦の収穫、エチオピア中部のディレ・キルト村、2019年10月=田代啓さん撮影)

 人口の半分以上が農村に住んでいるにもかかわらず、穀物の生産性が停滞してきたことは、小麦やコメの対外依存(連載第1回参照)にも関わっている。

 しかし、近年の高度成長や、新しい農産物の輸出の拡大が示すように(第2回参照)、貧困など負の要素だけでアフリカを語るのは間違っている。穀物生産も特に21世紀に入り、停滞という先入観を覆すような動きが見られるようになった。

(図1:アフリカ各地域の穀物単収の推移)
200908図1.jpg

20世紀末までは低迷


 図1はアフリカ各地域の穀物の1ヘクタール(ha)当たりの収穫量である単収を示したものである。単収は生産性を表しているとみなしていいだろう。図1のように20世紀末まで、単収は1000~2000キログラム(kg)にほぼとどまっている。(図1のデータは国連食糧農業機関(FAO)、筆者作成、以下の図も同じ)

 日本の穀物の単収が6049kg(2017年)に及ぶことを考えれば、アフリカが著しく低い水準だったことが分かる。中国やインドなどアジアの国々の単収は順調に伸び、徐々に先進国の水準に近付いてきた。

 アジアのこうした国々の高い単収は、昔からではなく、多くの改善の積み重ねによって実現した。日本の場合、明治以降の農業改良の努力があった。他のアジアの国々では、第2次世界大戦後の「緑の革命」が有名である。

 これらの一連の穀物生産性上昇には、需要の拡大、肥料(特に化学肥料)の投入(施肥)、品種改良、灌漑の普及、農薬の適切な投入など多面的な要因が関わっている。例えば、異なる品種をかけ合わせた改良品種の採用を高い単収につなげるには、適切な施肥や配水が必要である場合が多く、品種改良だけでより高い単収が実現するとは限らない。

 20世紀までのアフリカは、こうした先進国やアジアの開発途上国の動きに遅れを取っていた。しかし、図1は、21世紀になってから中部アフリカを除く3地域で単収が上昇していることも示している。特に南部アフリカの上昇は著しい。これは一体どのような要因によるのだろうか。

援助で施肥量が増減


 下の図2は1ha当たりの施肥量(kg)を見たものである。東アフリカを例にとると、1970年代まで農業近代化政策によって施肥量は上昇してきたが、80年代になると停滞し、2000年代に入って再上昇し、20kg/haに近づいている。ほぼ同じような動きは西アフリカについてもみられる。

 こうした動きは、80~90年代にかけてアフリカ諸国が債務負担にあえぎ、それを緩和する支援と引き換えに援助側から肥料補助金の削減・撤廃を求められたこと、そして21世紀になると経済危機を脱して再び肥料補助金を復活させたことによる。

(図2:アフリカ各地域の施肥量の推移)
200908図2.jpg

 他方、単収の低迷している中部アフリカについては施肥量の動きが停滞している。つまり東アフリカ、西アフリカ、中部アフリカの3地域については、施肥量と単収の動きの間には相関関係があるように見える。

 南部アフリカは歴史的にみると、1950年代に50~60kg/haと、他の3地域に比べて施肥量がはるかに多かった。もっとも、世界の施肥量の平均は約140 kg/ha(2017年)、日本は約250 kg/ha(同)であり、国際的には低水準ではあった。

 図1にあるように、南部アフリカの穀物単収は21世紀になって急上昇しているが、施肥量には大きな動きはなく、むしろ1980年前後より低位で推移している。したがって他の3地域とは違い、施肥量の増加が単収の上昇につながっているとは言えない。

アパルトヘイト撤廃から需要拡大


 実は南部アフリカの穀物生産の大半は、南アフリカ(南ア)一国で占められている。したがって、生産、単収、施肥量の動向も南アによって大きく影響される。南アは1990年代までアパルトヘイト(人種差別体制)を続け、国際社会やアフリカの国際関係のなかで孤立していた。同国は制裁を受けて基本的に輸出ができなかった。

 しかし1994年のアパルトヘイトの撤廃と制裁解除により、その農産物市場は一挙に広がり、南アの穀物への需要は強く刺激された。それはアフリカ諸国向けの輸出も同じで、現在アフリカ向けは南アの穀物輸出の約3分の1を占めている(図3参照)。つまり、穀物を自給できないアフリカの国々は南アにとって重要な顧客なのである。

(図3:南アフリカから他のアフリカ諸国への穀物輸出額の推移)
200908図3.jpg

 この需要拡大に応えるべく南アで選択されたのは品種改良である。特に小麦の新しい改良品種の普及が目立っている。南アの農業では人種差別体制の下で形成された白人所有の商業向け大農園が今日でも支配的な地位を占めている。こうした大農園での穀物生産は灌漑施設や市場へのアクセスを持ち、新しい品種を受入れる条件を備えていたのである。

 南アの大農園のような条件を備えていないアフリカのより所得の低い国々(例えば、小麦の生産国であるエチオピア)の穀物生産がどのような状況にあるか、生産性や品種改良などの点から今後、見ることにしたい。


 田代 啓(たしろ・けい)京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻

 高橋 基樹(たかはし・もとき)京都大学教授、神戸大学名誉教授。京都大学アフリカ地域研究資料センター長。元国際開発学会会長。専門はアフリカ経済開発研究


 連載「アフリカにおける農の現在(いま)」では、アフリカの農業と食の現状を、京都大学の高橋基樹教授が若い研究者とともに報告します。

 第1回:希望の大陸? 人口増加と世界
 第2回:野菜・果実が主役に 農産物輸出の拡大と変貌
 第4回:飢餓の大地の今 食料安全保障の動向
 第5回:購買力向上で食料援助は減少 国連世界食糧計画にノーベル平和賞
 第6回:広がったキャッシュ・フォー・ワーク 被支援者の主体性強化
 第7回:高付加価値野菜の輸出が拡大 豆類や半加工品、欧州・アジアへ
 第8回:小規模農家に利益もたらす? 広がる契約農業
 第9回:受け入れられる契約農業 リスク回避策として選択
 第10回:高収量品種の導入で成果 エチオピア、種保存では課題
 第11回:食文化への適合も背景に 新作物ライコムギの受け入れ

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