食料安保だけでは足りない農村対策 小視曽四郎 農政ジャーナリスト 連載「グリーン&ブルー」
2024.03.25

少子化は農村でも深刻さを増している。1月下旬に東北の、ある市を訪ねた。広さだけなら東北最大。しかし、そこで見た光景はかなり衝撃的だった。10万人を超す人口を抱えてはいるが、繁華街のアーケードは、軒並み売り出し中の札を飾った店舗。それがズラリと100メートル以上も続く。聞けば、頼みの農業は米を中心に往時の勢いを失い、地域経済は衰退、人口割合が減る若者は高校を卒業すると、多くが県外に進学や就職で出ていくという。(写真はイメージ)
2005年、大合併したこの市の一角、旧F町では約1万2千人の人口を抱えていたが、当時105人の出生数が20年には37人に激減。婚姻自体も60組だったのが22年には16組に。昨年の人口は1万人を割り、9200人台まで落ち込んだ。市全体でも合併時14万4千人が、昨年には2万4千人以上減の12万人を割り込んだ。50年の予測では7万人台に減る。
東北の典型的な水田地帯を抱える。この市の農業産出額はピーク時(1985年)で456億6千万円を誇り、うち米が324億円と7割強を占めていた。
しかし、食糧管理法が95年に廃止され、後継の食糧法の施行以降、米価はJAなどの出荷団体と卸業者が相対する価格交渉に移り、合併前の2004年の米販売額は約142億円に大幅縮小。農業産出額も261億円余りに。14年に至っては米販売額が109億円と往時の3分の1になり、地元経済を慌てさせた。かつての「指折りの米どころ」はもはや誇れず「少子化や地域停滞のさまざまな理由になった」(地元農家)という。
淑徳大学大学院の金子勝客員教授は「雇用、教育(特に高校)、病院がなくなると、農村人口は急速に減少する」と指摘。「農業の大規模化以外に、新たな所得の獲得先や雇用先を作らなければならない」という。この地元では既に公立高校の統廃合が繰り返され、今年から公立の中高一貫校が誕生、とその予兆が始まっている。
地域経済の大黒柱だった稲作の労働時間はかつて10アール当たり年間174時間(1960年)を要していたが、2017年以降は10分の1近い22時間に。生産性は向上したが、田んぼから人が不要になれば代わりの仕事を探す必要もあった。しかし、目立った雇用先はなく、農作地の外や都市に仕事を求めて移動していった。生産性向上と市場に委ねた政策で激減した米の代金は、この30年間、地方経済に人材流出と減収のダブルパンチを与えた。
農林水産省は食料安全保障を主眼とする「食料・農業・農村基本法」の改正案を閣議決定した。だが、食料確保にはある程度対応できても、子どもたちを育み、高齢者が安心できる農村コミュニティーを維持した地方社会の存続には力不足だ。最近、千年続く東北の奇祭が担い手不足で来年から廃止が伝わったが、基本法が農村対策も掲げる以上、活力を残す地方社会の持続性にも注力すべきだ。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年3月11日号掲載)
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