塩田跡地の牡蠣づくりは生態系づくり 中川めぐみ ウオー代表取締役 連載「グリーン&ブルー」
2024.02.12
「春は毎日のように、土を耕しています。生き物を育てるために大切なのは、健康に成長できる土台づくりですから」。そう語るのは農家でなく、なんと漁師の鈴木隆さん。広島県・大崎上島という離島の塩田跡地で日本唯一の"塩田熟成牡蠣(かき)"を育てています。(写真はイメージ)
日本では聞き慣れない塩田熟成牡蠣ですが、フランスなどでは"クレールオイスター"と呼ばれ、一級品として美食家たちに愛されています。
その名の通り、塩田跡地に地下海水をくみ入れて育成するのが特徴なのですが、塩田という一種の閉鎖空間は生活・工業廃水など外部の影響を受けにくく、驚くほど澄んだ香り、味わいの牡蠣に仕上がります。
鈴木さんはもともと水産関係の商社マンとして、世界中の生産現場へ足を運んでいました。そのなかで出合った塩田熟成牡蠣のおいしさと持続可能性に感銘を受けて、日本での育成にチャレンジすることにしたそうです。
鈴木さんの牡蠣づくりは、生態系づくりだと言っても過言ではありません。ともすると年中フル稼働で多くの牡蠣を育てたくなりそうですが、自然に負荷をかけないよう、春になると塩田跡地の海水を抜いて一定期間休ませます。その後で土を丁寧に耕し、バクテリアを散布して活力を取り戻した土台に地下海水もくみ入れて、牡蠣養殖がスタートします。
その際、一緒に育てるのが車エビ。車エビの飼料や残餌(ざんじ)は植物性プランクトンが繁殖する良い栄養となり、繁殖させたプランクトンを食べて牡蠣もすくすく育っていく...、そんな循環を大切にしています。
「そうは言っても、世界中で食糧不足が叫ばれる今。植物性プランクトンからタンパク質を生み出せる牡蠣という貴重な食物を、自然に負荷をかけずに効率よく育てることができないか」。そう考える鈴木さんが昨年出合ったのが、フランスで開発されたSEADUCERというマシンでした。
牡蠣をマシンの籠に入れ、太陽光エネルギーで養殖池の中と空中を上下・回転させます。牡蠣は水中から出て体表が乾くと飢餓状態となり、再び水中に入れた際、通常以上の植物性プランクトンを摂取するように。すると、成長スピードが数倍になり品質まで向上。〝牡蠣の産業革命〟が起ころうとしています。
しかもこのマシンはスマホなどから操作でき、漁師さんの労力も大幅に削減することが可能に。担い手不足が深刻化する水産業界のなかで、働き方を改善しながら生産性、つまり売り上げアップまでかなえられる、一つのロールモデルになりそうです。
「地球も、漁師も、みんなが持続可能になる漁業を」。そう語る鈴木さんの次の目標は、観光地でクレールオイスターを生産し、観光客が池の景観を楽しみながら牡蠣を食べられる場所をつくることだそう。完成した際には、私もぜひ堪能しに伺いたいです。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年1月29日号掲載)
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