期待外れの基本法改正 「農業ムラ」から脱皮せよ アグリラボ編集長コラム
2024.02.02
(写真は首相官邸ホームページから)
通常国会が1月26日に招集され、岸田文雄首相は30日の施政方針演説で「農政の憲法」とされる食料・農業・農村基本法を改正する決意を示した。ただ、関連法案の整備が貧弱で、具体的な施策が先送りされ、現段階では実効性に乏しい内容になりそうだ。
当初、基本法改正の最大の狙いは食料安全保障の強化だった。しかし、首相は施政方針演説の「地方創生」の章で改正案に言及し、「観光や農業などの基幹産業の発展を支援し、そして安心して暮らせる地域を守り抜いていかなければなりません」と述べ、食料安保との関係は不鮮明になった。
関連法案の中で重要だと想定されるのは、食料危機など不測時の食料供給体制を整備するための「食料供給困難事態対策法案」(仮称)だが、今のところ総務省、防衛省、国土交通省、経済産業省など他省庁と十分にすり合わせた形跡がない。燃料など資材の優先割り当てや物流の統制も盛り込んだ総合的な法律にしなければ意味がなく、有事の際に本当に機能するのか疑わしいほど具体性に乏しい。
食料の輸入に支障が生じた時に重要な役割を果たす備蓄について、農水省は財政上の理由で民間の備蓄や流通在庫も含めた「総合的な備畜」による効率化を目指しており、具体的な内容については、「(基本法改正後に策定される)新たな食料・農業・農村基本計画の検討に合わせて検討していく」(坂本哲志農相)と先送りした。
唯一、完全自給が可能な米についても「総合的な米政策の在り方についても検討」(同)と先送りだ。基本法改正の焦点の一つだった肥料や燃料などの原材料価格の高騰によるコストの転嫁については、同省内に「適正な価格形成に関する協議会」を設置して昨年末まで議論を重ねたが、論点が拡散し、法案の骨格どころか方向性をとりまとめることさえできなかった。
首相は、関連法案として先端技術を使った農業を普及するための「スマート農業技術活用促進法案」と、農地関連法の改正案を挙げたが、これらは農水省が以前から目指してきた施策であり、「関連法案」というよりは「便乗法案」だ。
四半世紀ぶりの農政の大転換と期待された基本法改正だが、このままでは具体性に乏しい軽い姿になりそうだ。その原因は、基本法の改正がもっぱら農林議員、生産者団体、農水省の「ムラ」の中で議論され、他省庁や自治体、民間企業など多様な関係者を巻き込んでいないことだ。この結果、幅広い国民からの関心や共感を得られず、10年、20年後の食生活や農業・農村の姿にかかわる骨太の議論が深まっていない。内向きの生ぬるい議論を繰り返しているうちに、基本法だけでなくムラ自体がやせ細って軽量化していくだろう。(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)
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