漁師が漁師であり続けられる日常 中川めぐみ ウオー代表取締役 連載「グリーン&ブルー」
2024.01.01

「私たちが欲しいのは、お金でなく町の活力。漁師が漁師であり続けられる日常です」
これは和歌山県すさみ町という小さな港町で聞いた言葉。筆者をはじめとした漁業の世界に関わりたい"漁業者以外"の皆が、心に留めておきたい大切な指針だと思います。
この連載でもお伝えしてきましたが、全国の漁業現場は世界各地と同じように多くの課題を抱えています。例えば温暖化などが原因で海の生態系が変わり、各地で取れる魚の種類が変化。A地域では人気の魚がB地域では知名度さえなく、漁師さんが取ってもお金にならない...なんて事態が多発しているのです。
そうした課題の解決には多様な力が必要で、漁業界に限らない企業・団体・個人を巻き込んだ「共創」が欠かせません。しかし多様な関わりから生まれるアイデアは、これまでにない素晴らしい解決策を生み出す一方で、一時的な経済性、話題性に偏りすぎる可能性があるのも事実。未来へつなぎたい歴史や文化、持続性までも見失ってしまうこともあるでしょう。
そうならないための指針が、冒頭の言葉に表れていると思うのです。これを語ってくれたのは、すさみ町役場の水上力仁さんと、町外から移住して地域活性に取り組む源口菜月さん。お二人ともすさみ町ではかなりの若手にあたる30代前半で、漁業関係者ではありません。
1年半ほど前に観光庁の推進する「観光×1次産業」事業を町が進めることになり、その担当になったのが、すさみ町の漁業に関わるきっかけだったそうです。
最初に取り組んだのは、国内のフードロス削減を目指す企業「クラダシ」(東京)を巻き込んだ、社会貢献型インターンシップ「クラダシチャレンジ」。町外から学生を招き、漁師さんのお手伝いをしながら学びを得てもらうという企画です。
その中で顕在化したのが、「漁師さんが取っても、町内ではお金にできていない魚がたくさんある」という課題。そこから都内レストランのシェフにレシピ開発をしてもらったり、漁業体験を軸にした観光コンテンツを企画したりと、一気にチャレンジが進んでいます。
まだ取り組みをはじめて1年ほどですが、すでに販売価格が倍以上になった魚もあるそう! 流通やストーリーを整理することで、正当な価格付けができはじめています。
しかし"魚がいくらになったか"は、お二人には通過点。「魚が売れるなら、漁をしよう!」と海に出たり、しまい込んでいた道具を引っ張り出したりする漁師さんが増えていく景色が何よりうれしいと話しています。
お金は走り続けるために不可欠なエンジン。目的は「漁師が漁師であり続けられる日常」を通して、地域の活力を高め続けること。この指針を忘れずに、筆者も漁業に関わり続けたいと思います。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年12月18日号掲載)
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