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日本酒、さらに浸透へ タイで徐々に人気拡大、輸出額も急増  NNA

2023.08.22

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日本酒、さらに浸透へ タイで徐々に人気拡大、輸出額も急増  NNAの写真

 タイで日本食ブームに後押しされ、日本酒の人気が伸びている。2022年のタイへの日本酒輸出額は前年比2倍へと急伸。首都バンコクの飲食店関係者によると、「このごろはタイにも毎年、年末に日本の新酒がどんどん入ってくるようになった」。タイでは酒類の広告や販促活動が法律で禁止されているなど、他国にはない規制も存在するが、輸入販売業者は酒蔵や飲食店と協力しながら、日本酒の魅力を発信し、ファンを広げるための活動を地道に続けている。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所によると、22年の日本からタイへの日本酒輸出額は前年比2倍の4億2676万円、輸出量は30.8%増の676キロリットルに達した。今年上半期(16月)の輸出額も前年同期比1.7%増の2億1612万円と伸びている。

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日本食店中心に広がり


 タイで03年から日本産酒類の輸入販売を行っているSCS Tradingはバンコクで845日、萬乗醸造(名古屋市緑区)の「醸し人九平次」のタイ上陸記念イベントを開いた。4日は飲食店・メディア関係者向けに萬乗醸造の醸造家で代表取締役を務める久野九平治氏によるセミナーと試飲会を、5日は一般消費者向けにディナー会を開催。計100人以上が参加し、日本酒談議に花が咲いた。(写真上:タイでの販売が始まった萬乗醸造の「醸し人九平次」=4日、タイ・バンコク、NNA撮影)

 5000店以上の日本食店がひしめくタイで日本酒が浸透しつつあるなかで、SCS Tradingの関係者はNNAに対し「創業20周年の節目となる今年、ここからがまた新たなスタートラインになる」などと語り、強い意気込みを見せた。

 萬乗醸造の15代目である久野氏は自社で育てたコメを使った日本酒造りにこだわり、「日本酒をワイングラスで楽しむ」というスタイルを定着させた功績を持つ人物。バンコクの高級和食店「天翠」のオーナーで、タイで約30年にわたり飲食店事業に携わる藤井泰之氏は久野氏を前に開口一番「待ってました」と喜びをあらわにした。生産量が限られている上に国内でも人気が高い「醸し人九平次」がタイ輸出を決めたことは、うれしい驚きだったという。

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(萬乗醸造の久野氏<左から2人目>はセミナー後も、天翠の藤井氏<右>らタイの飲食店関係者と活発に意見交換した=4日、タイ・バンコク、NNA撮影)

 日本では秋に収穫される新米を使って日本酒が造られ、12月から翌年1月にかけて市場に新酒が出回る。藤井氏によると、日本食ブームなどを背景に近年はタイでも年末にかけて、多くの酒蔵の新酒が入ってくるようになった。

 レストランのガイドブック「ミシュランガイド」のタイ版で紹介され、日本人シェフが腕を振るうバンコクの高級フュージョン料理店「レゾナンス」は数カ月前から日本酒の提供を開始。同店ソムリエのマイケル氏はNNAに対し「品ぞろえではワインがメインで日本酒は2割程度だが、顧客が料理とペアリングする酒の割合では日本酒が4割に達している」と話し、タイの消費者も日本酒に詳しくなり「よく飲むようになった」との見方を示した。

 九平次の銘柄については「『彼の岸』はうま味があふれていてすばらしく、『EAU DU DESIR』はまろやかさに果実との接点を感じる味わいで料理とのペアリングがしやすそうだ」と絶賛。「ぜひ店に置きたい」と述べた。

日本酒を学びたい若者も


 醸し人九平次のお披露目イベントに参加した20~30代のタイ人からは、日本酒について学びたいとの声が聞かれた。来年にバンコク・サトーン地区で日本料理店を開業する準備を進めているリツさんとペイさんカップルは4日のセミナーに参加し「品種ごとに日本酒の仕上がりが変わるという、コメの特徴の話が面白かった」とコメント。「自分たちの店では九平次のようなストーリー性のある日本酒をそろえたい。日本酒のことをもっと学んでいきたい」と話した。

 3年ほど前から日本酒をたしなみパーソナルシェフとして働くタイ人女性のナリーさんは「日本酒の味とアロマが好き」だという。週の半分は日本酒を飲むそうで、九平次は輸入販売開始に合わせて早速6本を購入。「タイで入手できる銘柄がどんどん増えているのでうれしい。コメの品種や銘柄についてなど、ワインと違ってまだあまり知られていない日本酒の知識を深めていくのも楽しい」と笑顔を見せた。

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(人気上昇を背景に、首都バンコクでは地場系のスーパーでも複数銘柄の日本酒が販売されるようになった=8日、タイ・バンコク、NNA撮影)

「日常酒」への道半ば


 ただ藤井氏は、天翠は毎年200~300銘柄の日本酒を仕入れているものの、顧客にさまざまな銘柄を知ってもらい、飲んでもらうところまでは行き着いていないとも語る。日本酒を飲むことはタイ人にとってまだまだ「非日常の行為」であり、飲み慣れた上で、日常的に消費されるまでには時間がかかるとの見方だ。

 藤井氏は飲食店での提案については「どぶろくにスパークリング、搾りたてと今はさまざまな日本酒があるので、利き酒セットで顧客に好みの酒を見つけてもらうのが一番良いだろう」と述べた。

 SCS Tradingの関係者は「海外での日本酒ブームがメディアなどによく取り上げられるが、我々にとってはまだ道半ば」だと話す。日本酒は「昔に比べれば飲まれるようになった」ものの、まだまだ「日本酒のことは知らないから飲まない」という消費者も多いと分析。そこで同社はまず日本酒を知ってもらうために、今回のようなお披露目イベントや車座スタイルの酒会を顧客らを招いて定期的に開いているという。

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(「醸し人九平次」のタイ上陸イベントに、飲食店関係者ら100人以上が集結=4日、タイ・バンコク、Gaysorn Urban Resort提供)

 同社がバンコクで2店舗運営する日本産酒類専門店SAKE FORESTの顧客は大部分がタイ人となり、潜在性は大きいとの認識から、同関係者は「ご縁のあった酒蔵さんと協力しながら、地道な努力を続けていきたい」と意気込んだ。

ワインと同等の地位へ


 日本酒は輸出の増加が続いている一方で、日本人の日本酒離れなどを背景に、酒蔵が減少傾向にあるという実情もある。

 萬乗醸造は清酒製造業を取り巻く厳しい環境下で、斬新な取り組みを進めてきた代表的な酒蔵だ。久野氏は06年にフランスで自社の日本酒を初めてワイングラスで飲み、薄いガラスが繊細な味わいを強調してくれたり、飲む際に顎が上に持ち上がることで味を感じやすくなったりといった利点があることに気づいたという。ワイングラスで日本酒を楽しむことは今や、当たり前となった。

 フランスで日本酒を紹介すると「まずコメについて聞かれた」と語る久野氏は、10年からコメを育てることにも乗り出した。日本酒の場合は農家からコメを買い上げるのが普通だが、ワイン生産者はブドウを自ら育てる。「この差を埋めなければ(日本酒について)説得力のある話はできないと思った」経験が、自社でコメを育てるきっかけになったと説明した。

 欧米やアジアの約20カ国・地域に輸出し、海外で精力的に活動する久野氏は「次の世代にバトンをつなぐために、海外で日本酒の地位を築きたい」と語る。日本酒の輸出額は22年の実績で年間475億円に達したが「フランスの年間ワイン輸出額は1兆円に上る」と指摘した上で「(その差に対して)悔しいと言っているだけでは何も変わらない。ワインとの差をなくすために、日本酒を一過性のブームで終わらせないために、未来のための種まきを続けていきたい」と力を込めた。

 SCS Tradingは日本酒文化を世界に広める「酒サムライ」として活動する鈴木幸代氏が代表を務め、50蔵の日本産酒類のタイ総代理店を務めている。萬乗醸造の醸し人九平次の輸入販売は今月から開始した。9月には、創業20周年記念イベントとしてバンコク中心部の商業施設「サイアム・パラゴン」でタイ最大規模の日本酒イベント「KAMPAI BANGKOK 2023」を開催するという。(NNA

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