農村撤退の分岐点 復旧遅れる能登半島 アグリラボ編集長コラム
2024.07.15
年初の震災から半年余り、7月10日に輪島市中心部から南へ約1キロメートルの商業施設「ワイプラザ輪島店」で朝市が復活した。オレンジ色のテントの下で、地元の約30店が地元の農産・水産物、加工食品、工芸品などを会話を交わしながら売る日常が、部分的だが戻ってきた。
一方、約1.5キロメートル離れた本来の開催地の朝市通りは、復旧からはほど遠い。燃え尽くされ、立ち入り禁止となり、数台の重機ががれきの整理を続けている(写真上=7月10日撮影)。道路を隔て火災を免れた家屋の多くも倒壊・損傷し、下敷きになった自動車は移動もできない(写真下)。「プロパン未回収」と表示された家屋は、ガス漏れの恐れがあり立ち入りが危険だ。
過疎化が進む半島で起きた震災からの復旧は、マンパワー(人的資源)の圧倒的な不足で大きく遅れている。被災地は広大な半島に点在する。道路はいまだに各地で寸断され、幹線を修復しても主要拠点しかつながらず、たどり着ける地域は限定的だ。
金沢市で7月11日に、一般社団法人食農連携機構が開いた研究会で、石川県農業法人協会会長の井村辰二郎・株式会社金沢大地代表取締役(写真)は「能登を見捨てないで」と訴えた。有機農業に取り組む同社は、県内4拠点に経営を拡大して農地を守ってきた。限られた人数の職員では多発した被災の対応に限界がある。
被災した農場に至る道路の修復は、「受益者が少ない」という理由で後回しになる。「直接の受益者」が農業法人1社だけでも、その背後に雇用や資材の購入、食材の提供、水利の維持などを通じて多数の「間接的な受益者」が存在する。こうした事情が分かっていても、行政は優先順位を付けなくてはならない。
井村代表は「発災から1ケ月もたたないのに公の場で効率性を求める発言があった」と指摘した。「公の場」とは農水省の食料・農業・農村政策審議会のことだ。1月24日の企画部会の議事録要旨によると、同審議会委員の林いづみ・桜坂法律事務所弁護士が「人口減の中、復興における優先度の観点も必要」と主張した。
同委員の宮島香澄・日本テレビ報道局解説委員も「お金が掛かることもあり、ある程度限界のところは人に集住してもらうことや、再建ではなく別の形とする議論もあると思う」と述べた。
各地の災害復興に関わり、能登半島地震復旧復興アドバイザリーボード委員でもある高橋博之・株式会社雨風太陽代表取締役は、7月6日に都内で開かれたシンポジウムで「(東日本大震災があった)13年前に、非効率な農村集落から撤退し移住するべきだと公然と言う人はいなかった」と批判、「能登半島の復旧復興は分水嶺だ」と指摘する。
集約化による効率化と、農村の維持のバランスをどこに求めるのか。ここで踏みとどまらなければ、農村からの撤退と都市への集中が加速する。高橋代表は「効率化に対抗できるのは自治しかない」と断言する。
集落の将来を決めるのは政府や識者ではなく、そこに住んで生活をしてきた人たちだ。自治の機能を回復するには、生活と結び付いたなりわいを一刻も早く取り戻すよう支援することだ。
輪島の朝市は3月以降、金沢市など石川県の内外14カ所をめぐる形で出張開催してきた。7月10日に再開した朝市は、同じ場所でほぼ毎日開かれる。そこには、井戸端会議のような会話が飛び交う日常がある。
12日には、隆起によって出漁できなくなっていた海女漁も一部再開した。採取は1人当たり15キログラムのもずくに制限され、サザエやアワビは含まれないが、「海に入れただけでもうれしい」と海女たちは異口同音に喜んだ。
観光スポットだった時のような賑わいや売り上げはすぐには戻らない。それでも、なりわいを取り戻すことに大きな価値がある。そこから自治の回復が始まるからだ。(文・写真 共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)
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