里山の景観が崩れていく 赤堀楠雄 材木ライター 連載「グリーン&ブルー」
2024.07.29
梅雨時から秋口まで、自然に恵まれた中山間地では草刈りのハイシーズンになる。自宅回りや畑、田んぼの畦(あぜ)など、放っておくと草ぼうぼうになってしまうから、定期的に刈り払う。昔は手道具の鎌で刈っていたはずだが、今はエンジンやバッテリーで刃を高速回転させる刈払機(かりばらいき)で作業するのが普通だ。(写真:集落の住民が共同で草を刈る。こうした作業で景観が守られている)
草刈りの対象になるのは自分が管理している土地だけではない。集落の共有地や生活道として日常的に利用されている農道や林道なども対象になり、住民の共同作業で草を刈る。そうした共同作業への出役(しゅつやく)は義務化されているケースが多く、草刈りだけでなく、春先に行われる水路の清掃なども合わせると、年に数回程度の出役義務があるのが普通だ。
「義務」だから欠席した場合はペナルティーがある。罰金が科せられる地域もあり、額はさまざまだが、仮に1日の作業を欠席した場合に数千~1万円弱を支払うとすると、数回欠席すればそれなりの額になってしまう。
だが、草刈りの必要性はみんなよく分かっているし、田植えを控えた時期の水路清掃が大事なことも自明であり、私の住む集落でいえば、やむを得ない事情がある人以外はたいがい出てくるので、出席率は高い。中山間地に暮らしていると、こうした共同作業によって景観が維持されていることを実感する。
ただ、この先はどうか。出席率は高くても、過疎化で人口が減り、高齢者が増えれば、従来通りの作業をこなすのは難しくなっていく。自然は遠慮してくれないから、こちらの手が緩めば、誇張ではなく「あっ」という間に草が生活空間を侵食していく。耕作放棄地の増加がそれに輪をかけ、水路清掃も不要だろう、農道の草も放っておこうと悪循環になっていく。
里山の景観とはその地域の人の営みが映し出されたものだ。営みが衰微すれば景観は崩れていく。すでにその兆候は現れ始めていて、空き家や耕作放棄地、人が行かなくなった農道の奥などは草ぼうぼうになり、木まで生え始めたところさえある。
雨が続くと草刈りのインターバルがどうしても長くなる。だが、その間も草は伸び続けるから、かっぱを着こみ、刈払機を手にして外に出てみると、案にたがわず草たちはしっかり丈を伸ばしている。それを刈る。
ここに暮らしている限り、この営みを放棄することはできない。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年7月15日号掲載)
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