トウモロコシの季節に 「直売所」を考える 菅沼栄一郎 ジャーナリスト 連載「よんななエコノミー」
2024.07.29
6月の終わり。梅雨の雲間から日差しがのぞいた朝。東京都練馬区の住宅街の間に広がる畑の横に、長い行列ができた。
大人の背より少し高い、2千本余りのトウモロコシの林が一斉に収穫され、相原好和さん(75)と長男の豪(たけし)さん(33)が、一輪車に載せて直売所に運んできた。
1本150円。トウモロコシは「収穫した瞬間から糖度が下がるんですよ。持ち帰ってすぐにゆでると、甘さが逃げない」と豪さん。自転車で駆け付けた人たちは、この「糖度サイクル」を百も承知。ご近所のスーパーに並ぶものは「収穫後数日たった甘味落ち」と知っている。
1坪ほどの庭先直売所には、100円と200円のロッカーが54。これまで、エダマメ、キャベツ、ズッキーニなどが主力だったが、これからナス、オクラが盛りを迎える。
トウモロコシの季節は8月いっぱい続き、近くの農園では「巨大トウモロコシ迷路」が子どもたちの人気を呼んだ。
都内23区の農地の4割が集まる練馬区で、こうした直売所が約270軒。うち105軒に並ぶ約40種類の野菜・果物の季節のカレンダーを、区のホームページで見ることができる。
もともと農協・市場経由が当たり前だった農産物販売に、小さな無人直売所が現れたのは約50年前のこと。農協が道の駅などで大規模直売するようになって全国に拡大、都市郊外でも庭先直売所は当たり前の風景となった。都市農山漁村交流活性化機構によると、2017年時点で全国の直売所は2万3590、「1兆円産業」に成長した。
10代目の豪さんはこの春、都内のレストラン勤めをやめて戻ってきたばかり。昨年初め、「そろそろ農家やるかな」と伝えると、ぶっきらぼうな父は「ようやく引退できるか」。表情には出さなかったが、うれしそうだった。
練馬区の農家は減っている。1994年度に1788人だった農業者は20年間で968人に。農地面積も半減した。隣のビニールハウスの向こうでは昨年、1億円超の新築一戸建てが10軒余り、完売した。
それでも、首都圏をはじめとする都市の農地には追い風も少し吹き始めた。2015年の都市農業振興基本法で、農地は「宅地化すべき土地」から、景観や防災機能など「あるべきもの」に大転換された。「生産緑地」指定を受ければ固定資産税などが優遇され、22年には制度の延長が認められた。
相原さんの直売所は25年前にできたが、豪さんも「朝採れ野菜を提供できるし、みなさんとのおしゃべりが楽しい」。正月明けの本欄「練馬大根」で紹介した相原謙介さんは、近くの先輩農家だ。
練馬区には、農業体験農園や区画を貸し出す市民農園も広がる。「これから農地をどう展開するか。先輩たちと相談します」
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年7月15日号掲載)
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