岸田首相の農業観 参院の基本法審議に期待 アグリラボ編集長コラム
2024.05.01
食料・農業・農村基本法の改正案は4月19日に衆議院本会議で可決され、参議院の審議に入った。残念ながら、与野党の修正協議は不調に終わり、4本もの修正案が提出されて採決となり、野党の修正案は否決された。
本来、「国の基(もとい)」である農業の政策については、右も左もなく党派を超えて合意を形成するべきだ。ましてや、今回の改正の主眼は食料安全保障の確保と環境との調和という「国家の大計」だ。議論がまとまらないまま多数で押し切るのは好ましくない。
1999年7月16日に公布・施行された現行の基本法は、修正協議を経て共産党を除く各党の賛成で成立している。選挙のたびに政策が右往左往する「猫の目農政」を避けるためにも、修正案を1本化してほしかった。野党の足並みがそろわないのも嘆かわしい。ただ、衆院の審議では、かすかな「光明」を感じた。
それは、岸田文雄首相が自らの言葉で「農業観」を語ったことだ。首相は都会っ子で農村はもちろん、地方都市での生活体験がない。政治家としても農業との接点に乏しく、筋金入りの「非農林族」と言ってよい。是非や実態は別として、安倍晋三元首相がコメの市場開放に反対して国会で座り込んだ経験があり、菅義偉前首相が「秋田の農家出身」とアピールするなど、農業との接点を強調してきたのと比べると、岸田首相は農業政策とは縁遠いとみられてきた。
その首相が、1時間だけだが4月17日午後の衆院農林水産委員会で答弁した。基本法改正案は今国会の重要広範法案であり、首相の委員会出席が慣例となっているためだ。国民民主党の長友慎治議員が「農業の醍醐味、やりがいは何か」と問うた。
首相は「人間が生存していくうえで必要不可欠な食料、さらに、え-と、生活に潤いを与える花々などを生産する営みであり、まずもって、誇りある営みであると考えます。農業には自然環境に左右される厳しさもあるが(中略)これまでよりもさらに良い物を創りたい、こういう思いで創意工夫を重ねていく、ここにやりがいがあると、関係者の皆様から聞いた記憶があります」と答えた。
質問の事前通告があったのだろう、用意した答弁をつまりながら読み上げ、「地域の自然風土の中で自分が苦労して、丹精込めてつくった物で、日本全国、さらには世界各地に笑顔を届けることができる、こうした可能性を持っている、これが農業の魅力である、醍醐味であると、こういった話を聞いたことがあります。まさに現場で働く皆さんの実感であると受け止めています」と続けた。
「聞いたことがある」という控えめな表現が、かえって誠実な印象を与えた。この答弁が首相の本心ならば、野党との農業観の差は小さいと思われる。質問した長友議員は「総理、素晴らしいですね」と誉めた。「農政の憲法」と言われる基本法を改正する上で、政権トップの農業観は極めて重要だ。首相が捨て身になって与党を指導する気概があるならば、衆院で示された野党の提案に歩み寄ることは不可能ではなかろう。
そもそも、野党は対決法案として国会審議に臨んでいるわけではない。衆院では与党も含む6会派が付帯決議を共同提案し、圧倒的多数で採択されている。修正協議が不調に終わったのは、3つの衆院補欠選挙戦の真っ最中で、党利・党略上お互いに妥協できない状況にあったからだと推測する。
選挙は終わった。結果的に早期の解散・総選挙の可能性は低下しており、目先の選挙を意識する必要性は薄らいでいる。「良識の府」「再考の府」である参院は、小異を埋めることに注力し、改正案を1本化してほしい。(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)
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