ビジネスチャンス到来 美容やダイエットにも 田中太郎 共同通信編集委員
2024.04.15
健康志向の高まりを背景に「短鎖(たんさ)脂肪酸」という言葉をよく耳にするようになった。これは腸内細菌の中でも、俗に「善玉菌」と呼ばれる細菌たちが食物繊維やオリゴ糖を分解して作り出してくれる、体に有益な物質の代表だ。健康維持に美容、そしてダイエットにも、と「売り」は多い。企業も「ビジネスチャンスあり」と熱い視線を注いでいる。
難しい化学の授業のようになるが、まずはどのような物質か説明を。油脂の成分で、数個から数十個の炭素が鎖のように連なった構造をしているのが「脂肪酸」。その中でも文字通り、炭素が6個以下の鎖が短いものを短鎖脂肪酸と呼ぶ。酢酸や酪酸、プロピオン酸などがある。
これらは、私たちの大腸に住み着いている1千種類、40兆個ともされる腸内細菌が産み出してくれる。原料は食べた物に含まれながら分解吸収されず、大腸にたどり着いた食物繊維や糖類などの炭水化物群(MACs)。この〝残りかす〟を細菌たちが食べて分解する「体内発酵」で分泌される代謝物だ。
四半世紀にわたり腸内細菌を研究し、慶応大や順天堂大の特任教授も務めるベンチャー企業メタジェンの福田真嗣社長によると、短鎖脂肪酸の多くは大腸から吸収され、大腸表面の細胞増殖や粘液分泌、水やミネラル吸収のエネルギー源となる。一部は血管を通じて肝臓や筋肉など、全身に運ばれる。
さらに、腸内での有害な細菌の増殖抑制や、大腸の蠕動(ぜんどう)運動を促進して便通改善、免疫機能の強化、糖代謝の改善、アレルギーや炎症の抑制など、さまざまな有益な働きが分かってきた。近年は肌荒れ抑制や持久力向上効果も確認されるなど、隠された能力はまだまだありそうで、世界中で研究が進んでいる。
要するに「短鎖脂肪酸をいかに増やすか」が健康維持の鍵。そのためには「プロバイオティクス」と呼ばれる私たちに有益な善玉菌を増やし、「プレバイオティクス」と呼ばれる彼らが好む餌を与えて、気持ちよく発酵させ続けることだ。幸いなことに「細菌たちで構成される腸内フローラの形成に遺伝要因の影響は少なく、大部分は環境要因」と福田さん。ライフスタイルを変えることで腸内環境も変えられる、ということだ。
まずは食生活。タンパク質が分解されてできるアミノ酸は体を作る重要な栄養素で、筋力が衰えた高齢者はしっかり食べる必要がある。しかし、食事がタンパク質に偏りすぎると、吸収しきれなかったアミノ酸を腸内細菌が食べて毒素を作り、万病の元となる慢性炎症を引き起こしてしまう。
でも実は、腸内細菌はアミノ酸より食物繊維が好物。両方あれば食物繊維を食べて短鎖脂肪酸を作ってくれるという。よく言われる「肉と一緒に野菜を食べる」という助言にはこういう根拠もあるのだ。
プレバイオティクスは糖類ではオリゴ糖類が代表。食物繊維にはイヌリン、βグルカン、グルコマンナンなどいろいろある。食物繊維というと野菜を思い浮かべるが、実は穀類や果物、海藻、キノコ、豆、芋など豊富に含む食材は多い。
食物繊維には水溶性と不溶性の2種類がある。このうち、細菌たちが食べるのは主に水溶性食物繊維で、穀類や海藻、芋、バナナやキウイなどの果物に多い。ではキノコやゴボウに多い不溶性食物繊維は不要かというと、そんなことはない。水を含んで膨れて腸壁を刺激、有害な不要物をからめ捕って排出してくれる。また、海藻は両方の食物繊維を含む優秀な食材だという。
健康のためこれらをどう食べるか。問題はまだある。細菌ごとに好みの餌は微妙に異なり、さらに人により腸内細菌の構成も違う。自分の腸内フローラを調べ、主力の細菌が好む食事にしたり、増やしたい細菌が好む食事をしたり、という「オーダーメード献立」が理想になる。
そこに着目したのがカルビー。昨春、メタジェンの監修でシリアル食品「ボディ グラノーラ」を発売した。購入前に腸内フローラの型を調べ、その結果から基本のグラノーラに自分の腸内細菌に合うトッピングを追加できる「自分専用のシリアル」だ。
この2月から、田中みな実を起用したテレビCMを目にした人も多いと思う。同社広報は「健康意識の高い方を中心に、多くの関心をいただいています」と手応えを語る。今後は朝食向けからラインアップを広げる努力を重ねたいとしている。
ほかにも、含有する食物繊維の質にこだわり品種改良したスーパー大麦やチコリの根の食物繊維を商品展開する帝人、キノコ摂取による短鎖脂肪酸や免疫グロブリン増加の臨床研究を進めるホクト、短鎖脂肪酸を直接大腸に届けるカプセル技術を研究する森下仁丹など、短鎖脂肪酸に関わる企業は多い。
メタジェンは2月末、この4社に加え、グリコ、ダイセルの計6社と共に「腸内デザイン共創プロジェクト」を設立。同時に3月4日を「短鎖脂肪酸の日」に制定した。
短鎖脂肪酸を豊かに作り出す腸内環境に作り替える「腸内デザイン」の普及啓発や研究開発を連携して行うための組織。福田さんは「個の力には限界がある。同じ目的を持つ企業や組織の連携で社会にインパクトを与えたい」と話している。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年4月1日号掲載)
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