山を手放したい人が増えている 赤堀楠雄 林材ライター 連載「グリーン&ブルー」
2024.04.08

最近、講師として招かれた林業関係者向けのセミナーで「良い山をつくろう」と呼びかけたところ、終了後に地元の森林組合で役員を務めているという参加者から「今はそれどころじゃない」と詰め寄られた。
その人によると、組合員である森林所有者の多くが意欲をなくしていて、「山を売りたい」という相談が週に3~4件は寄せられるという。どんな木を育て、どんな山に仕立てるかを考えている人などごくわずかで、もはや森林を所有していることが苦痛だという人が圧倒的多数だというのである。
残念ながら、私もそのことを実感する機会が度々ある。先日もある会議で、東京から故郷の山村にUターンし、自家の森林を管理する仕事に就いているという40代とおぼしき人が「自分は長男なのでこうせざるを得なかった。森林を所有しているというのは足かせのようなもの」と発言するのを聞き、何とも言えない気分になった。
林業がもうかるのなら話は別だ。しかし、現状は森林を所有していても大した利益は得られないから、どうしてもこういう話になってしまう。都会で生活基盤を確立していれば、親が死んで故郷の森林を相続する段になっても特段の感興は起きず、面倒なだけだという人は多いだろう。境界があやふやになっていたり、そもそも所有林がどこにあるのかも分からなくなっていたりというケースも増え続けている。「森林はもう要らない」という気持ちになるのも分からないでもない。
だが、私たち人間にとって、水や空気を育み、生物多様性の宝庫でもある森林がかけがえのない存在であることは疑いない。林業がもうからなくなり、森林所有者の意欲が低下しているからといって、森林を別の用途に転用してなくしてしまっていいわけではない。
森林を手放したいという所有者が増えているというのは、開発行為のターゲットになる恐れが高まっていることを意味する。現に太陽光発電や風力発電の事業地として大規模な伐採が行われたケースはいくつもある。危機的な状況だと言わなければならない。
今も林業を意欲的に営んでいる人はいるが、いかんせん少数だし、減り続けているのは事実だ。森林を守るためのセーフティーネットとして、国や自治体が森林を適切に管理するための仕組みを検討しなければならない段階に来ている。(写真:若葉が芽吹いた春のブナ林。森林は大切に守られなければならない、筆者撮影)
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年3月25日号掲載)
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