海はなくても豊漁!?新疆の養殖サーモン 上海在住・野村義樹 連載「中カツ!通信」
2023.10.23
東京電力福島第1原発の処理水海洋放出で中国による日本産水産物の禁輸措置が始まると、中国国内のスーパーや日本料理屋といった表舞台から「日本の海鮮」が消えた。禁輸の発表直後から不買運動が起きるかと思いきや、逆に食べ納めだと上海の日本料理屋では駆け込み需要が発生した。
その後、スーパーや日本料理屋は店前や広告で「商品は日本産ではない」とアピールする。そして消費者は、意外なことに気づく。普段食べていた海鮮は、そもそも日本産が多くなかったため、食べ納めだと思っていた大半のものは今も同じように食べられるのだ。(写真:上海市内にあるスーパーの魚売り場。「非日本進口(日本から輸入されたものではない)」と表示されていた=筆者撮影)
その代表例がサーモンだ。中国でも人気の生サーモン。「刺身=日本」という思い込みがあるが、実際はノルウェー産のサーモンが多く流通している。ノルウェーにとって中国はアジア最大の輸出国で、年々伸びる需要に価格も上がってきている。
商機と分かれば、ドリアン、ココナツの作付面積が増えたと同様に次々と生産にも投資がされる。もちろんサーモンの養殖も例外ではない。ただ意外だったのは、その場所が「海から最も遠い場所」と称されるユーラシア大陸の内陸部、新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州にあるニルカ県であったことだ。新疆は、気温が冬はマイナス10度以下、夏は中国全土で最も暑く50度を超える。乾燥地帯もあり、特産といえば干しブドウ、干しナツメ、クルミなど乾物系のイメージが強い。
ニルカ県では山脈から流れ込む天然の水を活用し、湖でサーモンの養殖がされている。2014年に建設された施設では、デンマークから輸入された160万粒のサーモンの卵をふ化し、現在で約6千トン、25年には1万2千トンの生産を見込んでいる。今年、この地域ではティラピアやバナメイエビも豊漁で、既に国内だけでなくロシア、シンガポールにも輸出されているそうだ。上海の日系スーパーで新疆の水産物を探したが、まだ見つからなかった。中国では処理水問題に関係なく、新疆の水産物の国内生産、消費は増えていくことだろう。
ただ、海外への輸出には不安が伴う。H&Mなど大手アパレルが、新疆における強制労働の疑いから新疆綿を使わないと宣言した時、中国は「根拠のないことだ」と抗議したがくつがえらなかった。処理水問題を巡っては、日本は安全性の証明、抗議は続けるべきだが、その根底にある安心を育てていくアプローチも忘れてはならない。なぜなら国家間の信頼は、一気に豊漁になる天然物はなく、人と人が大事に養殖して培っていくものであるからだ。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年10月9日号掲載)
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