食料安保論議に不可欠な「コストの観点」 小視曽四郎 農政ジャーナリスト 連載「グリーン&ブルー」
2023.10.30
水田農業予算などを農家保護、農業保護と批判してきたシンクタンク大手が一転して「食料安全保障のコスト」との見方に方向転換、食料安保にどれだけ国民負担が必要か国民論議を求めている。生産基盤の弱体化が進んで10数年後には米の自給が完全に破綻、米、小麦だけで新たに200万トンの輸入に迫られると推計、にわかに危機感を高めたようだ。
このシンクタンクは、三菱総合研究所。今年7月公表の「【提言】食料安全保障の長期ビジョン 2050年の主食をどう確保するか」で示した。食料安保では国民の摂取カロリーの35%を占める米、小麦の「主食穀物」の確保が重要と指摘。この2品目に絞り、中長期的な需給見通しを探った。同研究所は昨年12月にも「2050年の国内農業生産を半減させないために」との提言をまとめ、2050年には農業経営体数が20年より84%減少し18万に、経営耕地面積は半減の163万ヘクタールになると大胆な数値を公表している。
この見通しなどを踏まえ、今後の米、小麦合わせた需給見込みを計算。その結果、十数年後に迫る40年には国内需要と生産の需給ギャップがピークとなり現在の輸入量にプラスして米160万トン、小麦40万トンの合計200万トンの追加輸入が必要になると推計した。生産農家の急激な減少と耕地面積が77万ヘクタールに減少するためだ。50年には63万ヘクタールまで落ち込む。ただ、提言では輸入の増加は抑えるべきで、そのため耕地面積は113万ヘクタールを国内生産力として「死守ライン」とすべきと提唱する。
問題はこの「成り行き」の動向を変え、担い手や耕地をどう維持、確保していくかだ。
提言はそのポイントとして、同研究所がこれまで水田転作などを「一般には農家保護、農業保護のための費用」としていたのを「見方を変えれば農地利用型の農業の耕作を継続し続けるためのもの」と水田予算などを一転、食料安保コストと明記。さらに「食料安全保障には金がかかる」として食料安全保障へのコスト増を認めた。裏を返せば、「農家保護、農業保護」としていた現行の予算や政策では農家・農業の保護になっておらず、農家や耕地の想定外の減少を止めるための「フードコスト」ともいうべき経費の増大を認めたともとれる。食料安保論議に関心が低い印象の経済界の中で、注目すべき変化だ。
この点で提言は早速「食料自給率を高めるべきという議論にはコスト負担の観点が希薄で、国民負担が増加するという事実認識がない場合もある」と、この間の政府・与党の論議を批判。食料自給率向上にはコスト負担があること、なぜそのコストが必要なのかなど国民の理解を得ての取り組みが極めて重要とした。
提言は農業を衰退させた原因に触れないなど不十分な面はあるが、今後の論議に一石を投じるものではある。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年10月16日号掲載)
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