農業政策の総点検が不可欠 基本法改正を急ぐ前に アグリラボ所長コラム
2022.09.18
農業政策の憲法とも言われる「食料・農業・農村基本法」の改正に向けた検討が始まった。しかし、基本法自体に問題があるのか、同法を運用する側に問題があるのかは、慎重な見極めが必要だ。改正の大前提として、基本法が施行されてから20年余りの農業政策の功罪を総点検する必要がある。
岸田文雄首相は9月9日に官邸で開いた食料安定供給・農林水産業基盤強化本部の会合で、「法改正を見据え、関係閣僚連携のもと総合的な検証を行い、見直しを進めてほしい」と指示した。これを受けて野村哲郎農相は「1年くらいかけて検証し、方向性を見いだしていく」と述べ、改正を急ぐ姿勢をみせた。
ただ農業分野が抱える課題の多くは、政治的な思惑で「猫の目農政」と呼ばれるほど一貫性のない政策が繰り返されてきたことに起因している。特に2007年の参院選で民主党が圧勝し、衆参両院で多数派が異なる「ねじれ国会」になった頃から、基本法や同法に基づく基本計画を無視する傾向が強くなり、09年に発足した民主党政権は同法に基づく審議会に諮問することもなく、農業者戸別所得補償制度を導入した。
12年に自民党が政権を奪還すると、農業政策の企画・立案は農水省の手を離れ、首相直轄の「農林水産業・地域の活力創造本部」で議論され、官邸が主導した。農産物の関税撤廃や大幅削減を盛り込んだ環太平洋連携協定(TPP)の締結や農業協同組合(JA)改革は、基本計画とは無関係に推進された。
しかもTPPは「秘密交渉」とされ、JA改革の政策決定プロセスも情報開示が不十分で、評価も定まっていない。基本法が目指している農政がどこでどのように変更され、どんな結果を招いたのか。基本法を改正する前に、20年間の農政の総点検が不可欠だ。
もちろん、基本法には不備がある。例えば1章(総則)で理念の一つとして掲げている「多面的機能」(3条)について、不思議なことに2章(基本政策)での記述がない。3条は看板だけで中身は空っぽだ。さらに「食料安全保障」は、定義すらないまま19条(不測時における食料安保)の見出しだけに使われ、条文での記述がない。
こうした中途半端さの根本的な理由は縦割り行政にある。食料安保も多面的機能も幅の広い概念で、政策を展開しようとすれば農水省だけでは完結できない。政府の全省庁を横断する課題であり、縦割りを克服しない限り踏み込んだ政策の推進は不可能だ。基本法を検証・改正する以前に、改めるべき課題は山ほどある。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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