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地熱蒸気で作る「ひんぎゃの塩」  東京・青ケ島の名産  小島愛之助 日本離島センター専務理事

2021.06.28

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地熱蒸気で作る「ひんぎゃの塩」  東京・青ケ島の名産  小島愛之助 日本離島センター専務理事の写真

 今回の舞台は東京諸島の青ケ島、東京港の南358㌔、八丈島の南65㌔にある周囲9㌔の火山島である。この距離感が意味しているのは、夜間に民宿から一歩外に出て海を眺めてみても何の明かりも見ることができない、星空しか見えないということである。篠原ともえさんは母方の故郷である青ケ島を「星の箱船」と呼んでいるが絶妙な表現である。

 青ケ島は、今から236年前の1785年に天明の大噴火を起こしている。この時、約200人の住民が八丈島に避難し、一時無人島になったが、住民たちは島に帰ることを諦めず、苦難の末、39年後の1824年に還住を果たしている。たとえ何年かかっても「還って住む」という故郷青ケ島に対する先人たちの思いは今も住民に受け継がれている。

 実は、この青ケ島、アメリカの環境保護NGOが2014年に発表した「死ぬまでに見るべき世界の絶景13選」に日本で唯一選ばれたことで、世界中から注目を集めている。さらに、2016年には、スミソニアン博物館のウェブサイトが、「活火山に眠る日本の街」として紹介し、さらに注目を集めることになった。

 その青ケ島に渡る標準的な交通手段は、羽田から航空機で八丈島に向かい、八丈島から週4回就航している「あおがしま丸」で片道3時間かけて行く方法である。ただ、黒潮を渡っていくので、高波などで欠航になることも多く、平均就航率は60%程度といわれる。八丈島からはヘリコプターという手段もあるが、1日1便で9席のみであることから予約が困難だ。まさに、選ばれた者だけがたどり着ける絶海の孤島なのである。

 青ケ島の池之沢地区では、「ひんぎゃ」と呼ばれる水蒸気の噴出する穴が無数に見られる。「ひんぎゃ」というのは火の際が語源となっている島言葉であるが、その熱を利用したのが「ふれあいサウナ」である。サウナ室の温度は約60度、自然の熱であるため、日によって温度や湿度に差があるが、観光客はもちろん村民のふれあいの場にもなっている。

 ふれあいサウナの近くには地熱釜があって、この釜を使って作る蒸し料理が一つの島名物だ。まだ電気がなかった時代、この地熱釜は住民の台所でもあったといわれる。釜で蒸して食することができるのは、卵、ジャガイモ、サツマイモ、くさや、プリン、赤飯まで、何でも可能であるが、お勧めはムロアジのくさやである。あの独特の臭いがひんぎゃの手にかかると、見事にまろやかな味に調和されてしまうのである。

 さて、そこで紹介したいのが、地熱蒸気で作ったおいしい塩「ひんぎゃの塩」(写真:青ケ島製塩事業所)である。

 青ケ島出身の山田アリサさんが「ふれあいサウナ」の近くの製塩所で作っている。早朝からくみ上げた黒潮の海水を地熱蒸気で温めること13日間で海水の結晶化が始まる。結晶化から釜上げまで6日間、その後再び地熱蒸気で4日間乾燥させて、さらに異物を取り除いて製品化するまで1カ月弱、黒潮由来でカルシウムの豊富な塩の完成である。シンプルな塩むすびから、トマト、枝豆など何にでも合うので、ぜひお試しいただきたい。

(KyodoWeekly・政経週報 2021年6月14日号掲載)

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