高級化する惣菜パン インスタ映えの魅力も 畑中三応子 食文化研究家
2021.12.06
総菜パンは、日本の誇る食文化である。イギリス人フードジャーナリストによる「サンドイッチの歴史」には、日本のパン屋は「スパゲッティからカレーまで具にした常識を覆すような種類のサンドイッチを出している」という記述がある。
外国人にとってはサンドイッチの一種に見えるかもしれないが、おかずをパンにドッキングさせた総菜パンは、他国に類を見ないパンの形態だ。(写真:手前は肉と野菜に2種のソース、チーズが使われ濃厚な味が楽しめる高級総菜パン。奥は昔ながらの焼きそばパンとカレーパン=筆者撮影)
明治時代、最初に日本独自の発展を遂げたのは、菓子パンだった。第1号のあんぱんは、イーストではなく酒種で発酵させたパン生地で小豆あんを包み、まんじゅうのように蒸すのではなく、窯でこんがり焼いたのが画期的だった。
あんぱんは塩味のプレーンなパンには強い抵抗感を感じていた人の口にも合ってブームが起こり、パンが普及するきっかけを作った。
凶作で米の値段が高騰した1890(明治23)年には、代用食としてパンの売れ行きが急増した。東京の大衆食堂ではどこでもパンを山のように積んでご飯がわりに提供し、露店では「付け焼きパン」が大流行した。食パンに砂糖じょうゆ、みそ、蜜を塗って焼き、串に刺したもので、総菜パンの遠い先祖といえるだろう。
1905(明治38)年に刊行された「和洋折衷家庭料理法」には、「魚肉でんぶのサンドウヰチ」「薄焼玉子のサンドウヰチ」「胡麻味噌(ごまみそ)サンドウヰチ」といった和魂洋才のサンドイッチレシピが29種も紹介されている。いま読んでも新鮮で、どれもおいしく作れそうだ。
記念すべき初の総菜パンは、カレーパンである。元祖は東京・深川のパン屋「名花堂(現在「カトレア」として森下で営業)」が昭和はじめに実用新案登録した「洋食パン」とされる。
当時の三大洋食、カレーライス・カツレツ・コロッケのうち、カレーと残り2種から「揚げる」調理法を合体させたアイデア商品だった。新宿中村屋が、やはり揚げパンの一種、ピロシキを発売したのも同時期だ。
戦後の高度成長期はコロッケパン、焼きそばパンのような腹持ちのよい総菜パンが労働者と学生の胃袋を支えた。その後は多様化の一途をたどり、大手メーカーから街のパン屋さんまで、無限のバリエーションが見られるようになった。
最近のトレンドは、高級化である。本格的なフランス料理やイタリア料理を応用して、見た目もゴージャスな総菜パンが人気を集めている。そのぶん値段も立派で、1個が500円を超えることも珍しくなくなった。
この動きをブレッドジャーナリストの清水美穂子さんは「コロナ禍で外食できないときに、こうしたレストラン的なパンが多くの人に食の楽しみや慰めを提供した」と語る。流行の理由のひとつは、立体感があって色彩豊かで美しく、インスタ映えすることだという。
たしかに、レストランよりずっと手軽に、レストラン並みの味が食べられるのはありがたい。ひたすら日本化を深めてきた総菜パンが、いま逆に欧米化しているのは総菜パン史上、はじめての現象かもしれない。
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年月日号掲載)
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