しっかり麺をアツアツで 長崎・五島の"地獄炊き" 小島愛之助 日本離島センター専務理事
2022.05.30
皆さんは日本の三大うどんをご存じだろうか? 香川県の讃岐うどん、秋田県の稲庭うどん、とここまでは誰も異論がないところだろう。しかし3番目は?となると諸説があるようである。
長崎県の五島うどん、群馬県の水沢うどん、富山県の氷見うどんがそれである。ということで、今回は、「3番目」の候補の一つである五島うどんの発祥地、長崎県新上五島町をご紹介したい。
新上五島町は五島列島の北部に位置し、中通島と若松島を中心とする七つの有人島と60の無人島から構成されている。総面積は213.98平方㌔であり、これらの島々に約1万7000人の人々が居住している。
町の大部分は西海国立公園に指定されており、中でも西海岸に広がる若松瀬戸は息をのむほどの絶景である。本土からのアクセスには長崎港と佐世保港から高速船(約1時間半)とフェリー(約2時間半~3時間半)があり、また博多港午後11時45分発のフェリー太古(約6時間)も就航している。
歴史をひも解くと、徳川幕府の弾圧によって信仰を隠さなければならなかったキリスト教徒が、新たな生活の場として移住してきた地域の一つが上五島であった。信仰を続けてきた信者たちは、1873年の禁教令廃止とともに数々の教会を建立していき、現在でも29の教会が残されている。
その一つであり、全国でも珍しい砂岩で造られた教会堂「頭ケ島天主堂」を含む「頭ケ島の集落」は、2018年に世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産である。
島には昔から食べ継がれてきた「ふくれまんじゅう」という伝統のまんじゅうがある。小麦粉に卵などを混ぜて練り上げ、丸く広げた後あんこをのせて包み蒸しあげたものである。カトリックではミサでキリストの「体」であるパンが神父から信者に与えられるが、禁教期には島に神父がいなかったのでミサを開くことができなかった。
そこで、パンと同じく麦を原料とする「ふくれまんじゅう」を食べることで「聖体」の代わりにしていたのである。
さて、本題の五島うどんであるが、実は遣唐使によって大陸から麺作りの技術が上五島に伝わり、日本の麺文化が始まったという説がある。大陸から伝わった製法に加えて、生地を仕込む際に五島の海水を煮詰めて作った天然塩を使い、手延べの際に粉を使わず五島特産のつばき油を使うことにより、長くゆでてものびにくい、ツルツルとしたのどごしとしっかりとしたコシが楽しめる五島うどんが生まれたのである。
五島うどんといえば、まずご紹介したいのが"地獄炊き"(写真)である。グツグツとたぎっている鍋に入れたうどんを直接すくって、アツアツでいただくものである。なんとも素朴かつシンプルであるが、豪快でもある食べ方で、コシの強さとのどごしを味わうには一番である。
つけ汁も焼きあご(トビウオ)を使っただしがお薦めである。海上を飛ぶトビウオは脂肪分が少ないので雑味のないスッキリとした味を出すことができる。アツアツということで冬の料理に思われがちだが、1年を通して満足できる逸品である。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年5月16日号掲載)
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