いぶし銀のような魅力 ブーム再燃のサバ缶 畑中三応子 食文化研究家
2021.09.27
長引くコロナ禍と相次ぐ自然災害で、缶詰が見直されている。ここ10年で驚くほど種類が増えたおつまみ缶も、家飲み需要でますます人気だが、いぶし銀のような魅力を発揮しているのが、そのままおかずになり、料理素材としても便利に使える昔ながらの水産缶詰。中でもブームが長く続いているのがサバ缶である。
(写真:バリエーションが豊富になったサバ缶。缶のデザインもぐっとおしゃれに=筆者撮影)
サバ缶が注目されるきっかけは、2017年から翌年にかけて「サバは頭の働きをよくするDHA、血液をサラサラにするEPAが豊富」「やせるホルモンの分泌を促す効果がある」「缶詰のサバは生のサバよりDPAとEPA、カルシウムを多く取れる」などの健康情報がテレビとレシピ本でたびたび発信されたことだった。
それに先立って、15年10月にマルハニチロのサバ水煮缶が缶詰初の機能性表示食品として受理され、「中性脂肪を低下させる」とラベルに記載された商品が販売されていた。
18年度のサバ缶生産量は前年度からいきなり1万㌧以上も増え、料理レシピ検索サイトのクックパッドは、その年の「食トレンド大賞」にサバ缶を選んだ。以前から製造されていたが、マグロ缶やカニ缶にくらべて地味で目立たない存在だったサバ缶が、いきなり時代の寵児になってしまったのだから、健康情報の威力はすごい。
ブームは19年で終わったように見えたが、コロナ第1波の20年春は巣ごもりのため保存食の買いだめをする人が多く、3、4月は缶詰全体の累計売上高が前年比で25%も急伸した。いまもコンビニにはサバ缶だけで数種が並び、スーパーに行けば10種を超えるバリエーションがそろっている。
缶詰が発明されたのは19世紀初頭のフランスだったが、缶詰産業が発展したのはアメリカ。1861年に始まった南北戦争の軍用食として種類、生産量ともに急成長した。日本へはフィラデルフィア万国博覧会に派遣された水産官僚がその利用価値に着目し、現地で製造法を学んで本格的に導入した。
最初の缶詰工場が北海道石狩市に設置され、サケ缶が製造されたのは1877(明治10)年。大正時代から第2次世界大戦前まではサケ缶、イワシ缶、ツナ缶(マグロ缶とカツオ缶の総称)、カニ缶が重要な輸出品となって外貨を稼いだ。
鮮度が急速に落ちるカニは取ったらすぐ船上で加工し、労働時間は1日19時間に及ぶこともあった。船内の非人道的な労働を描いた小林多喜二の「蟹工船」は、いまも若い読者の共感を集めている。
サバ缶の生産が増えたのは戦後である。おもに水煮、みそ煮、味付け(しょうゆ味)の3種があり、かつてはみそ煮と味付けの消費量が多かったが、サバ缶ブームで和洋中料理の材料に広く利用できる水煮がとってかわった。
水煮の原料は新鮮な生サバ、水と塩からなる調味液だけと非常にシンプル。これらを缶に詰めてふたで密閉し、高圧高温で約1時間加熱殺菌することで中骨も身と同じくらい柔らかく、保存料や殺菌剤を使わなくても長期間保存できるようになる。
現在、オリーブオイル漬け、ブランドサバ使用の高級品、カレーやトマト煮といったこれまでにない味付けなど斬新なサバ缶が次々と登場している。食べ物ブームでうれしいのは、こうして選択肢が増えることだ。
(KyodoWeekly・政経週報 2021年9月13日号掲載)
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