木簡に残る「醤」の文字 しょうゆはどこから来たのか(1) 山下弘太郎 キッコーマン 国際食文化研究センター
2021.05.03
私どもの大切な研究テーマの一つにしょうゆの歴史、成り立ちに関する研究があります。
日ごろ身近に、当たり前にあるしょうゆですが、その歴史に関してはまだあまり明確ではありません。
これまでも多くの研究がなされ、報告がされてきました。それらの功績を体系的にとらえ、研究が浅い部分を補い一本の流れを見いだすことが私たちの目標です。
しょうゆ(醤油)という呼称に関しても、その成立に関してはまだ明らかではありません。飛鳥時代推古期(592~628年)の木簡にはすでに「醤」の文字がみられます。
そして、大宝律令とその流れをくむ養老律令(718年)には宮中の料理をつかさどる大膳職に「主醤」という、醤、豉、未醤などの調味料を担当する役人を置くことを定めています。
これらが醤=比之保、豉=久木、未醤=美蘇と読むことが明記されるのは平安時代に編まれた「倭名類聚抄」という用語集です。これによると醤は別名を唐醤といい豆醢(豆のしおから)であるとされています。
未醤は高麗醤であり俗に味醤とも書くとされ、豉は五味が調和したものだとされています。醤は中国から、未醤は朝鮮半島から伝わったことが示唆されています。また、豉の特徴である五味の調和はしょうゆに通じるものがあります。
養老律令の施行細則である平安時代の「延喜式」には供御醤、滓醤など数種の醤が登場します。
供御醤は原料配合と出来高が記述されており、液状の調味料であったことが推測されます。滓醤の存在もこれを裏付けています。
その後鎌倉時代の遷都や応仁の乱による京の都の荒廃などで空白の期間があった後、1471~1477年の東寺百合文書の道具目録に「味噌垂袋」が登場します。味噌を水で溶くなどして袋に入れて垂汁を得ていたことがうかがわれます。これも液状の調味料です。
一つのマイルストーン(大きな節目)となるのが1474年頃成立したとされる「文明本節用集」です。
その室町中期の写本である「雑事類書」には「漿醤」とかいて「シヤウユ」と仮名がふられているのです。「漿」とは液や物の汁のことであり、醤の汁のことを「シヤウユ」と呼ぶことを示している点で重要です。
その後、鹿苑日録(1536年)に「漿油」、言継卿記(1559年)に「シヤウユウ」の記述を経て、多聞院日記の1568年10月25日の記述についに「醬油」が登場します。
多聞院日記の1582年には「正ユウ」の記述もみられることから、「醬油」は「しょうゆ」と読むと考えてよいでしょう。1597年の「易林本節用集」には「醬油」と書いて「シヤウユ」と仮名をつけて収録されています。
醤、豉、未醤から派生した液状の調味料を「醬油、しょうゆ」と呼ぶことが定着するのは17世紀、江戸時代に入ってからのことです。
しょうゆという呼び名が登場したところで今回は紙面が尽きました。続きは次回にということで、どうぞお楽しみに。
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年4月19日号掲載)
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