明治大正期に大衆化 郷愁感じる「縄のれん」 植原綾香 近代食文化研究家
2022.10.31
外の空気が冷たくなってくると、赤ちょうちんの情景が心に浮かび、手狭で大衆的な居酒屋に行きたくなってくる。大衆居酒屋の魅力は、庶民的な料理と酒をなんといっても安く、そして気軽に楽しめる点にあるだろう。軒を連ねるノスタルジックな街へと繰り出せば、「せんべろ」すべく、今日はおおいに飲んでくれと言われている気分になる。
そうした安く、気軽で時に郷愁を感じさせるものに、戦前の「縄のれん」があったのではないかと思う。
「縄のれん」はその名の通り、縄を幾筋も結び垂らして作ったのれんをかける店で「酒、肴、めし」を労働者向けに低価格で提供していた。狭い間口の店内に車夫、作業員らが低い醤油の穴樽椅子に座り、どぶろく焼酎や、みりんに焼酎を加えた本直し、電気ブラン、泡盛、着色のぶどう酒など、一杯で胸が熱くなるような酒を飲む。キズものや売れ残りの野菜や魚の材料を集めてくる縄のれん専門の種屋というのがいたので、刺身、きじ焼き、湯豆腐、煮しめ、魚フライ、シジミ汁など日によってさまざまな小皿が低価格で飲み食いできた。
明治大正期には、労働者の実情を知る場でもあり探訪の対象でもあったが、その様子は徐々に大衆的なものへと変化していったようだ。戦前の食の雑誌『食道楽』の1928(昭和3)年10月号は、「縄のれん」を表紙に飾った特集号にもかかわらず、ここでは既に「縄のれん」が思い出として語られている。
確かに昭和初期にも「縄のれん」は存在しており、雑誌の中でも多くの店が紹介されているのだが、寄せられている原稿は「久しく縄のれんをくぐってはいませんが...」からはじまり、昔の「縄のれん」の面影を探すノスタルジックな言葉が散見されるのである。
画家の伊藤晴雨も「朝労働者の半被姿の間に割り込んで白馬の徳利を傾けて名物のごつたを肴に矢大臣を極めたのは僕の少年時代でこの習慣は今でも抜けず至る所の縄のれんをくぐって一人悦に入っている」と記す。関東大震災以降の区画整理や改築、そして食堂やカフェーの繁栄によって、昭和初期には当時の人が思い描く労働者相手の純粋な「縄のれん」が減り、小料理屋化していったとみえる。
なかには「懐古趣味からわざと縄のれんをかけた高級酒場」までもあり、「高級縄のれん」という「安さ」と「気軽さ」とは真逆の店まで登場したそうだ。(写真:三太郎著「財界浮世風呂」=1925年、聚芳閣発行、国立国会図書館所蔵=の挿絵)
そんなことを追っていると、大衆居酒屋に感じてしまう昭和的なノスタルジーと「縄のれん」の明治大正ノスタルジーが相似を成しているような気がするのだが、「縄のれん」の記事が秋や冬の冷たい風と共に書かれているのも偶然か。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年10月17日号掲載)
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