食べ物語

特別なキーマカレー  利根川「最初の1滴」食べた  眉村孝 作家

2022.08.01

特別なキーマカレー  利根川「最初の1滴」食べた  眉村孝 作家の写真

 「利根川の最初の1滴をくみ、みんなで朝のコーヒータイムを楽しみませんか」。こんなフレーズにひかれ「利根川源流ツアー」に参加したことを後悔し始めていた。2011年7月9日、全2日のツアーの初日が暮れる頃だ。

 都民が使う水の8割を担うのが利根川・荒川水系。だが利根川の源流の場所を知る人はどれだけいるだろう。利根川の最上流にあるダムが矢木沢ダム。ダムでできた奥利根湖の奥、険しい沢を遡行した先に大水上山(標高1834㍍)がある。夏であれば、頂上直下の三角雪渓からしたたり落ちる一滴が「利根川の源流」なのだ。

 群馬県側から大水上山へ至るには、高度な沢登りの技術と長い時間を要する。

 一方、新潟県側からは車で南魚沼市の十字峡(445㍍)に入り、上越国境の丹後山(1809㍍)へ登り、頂上近くの避難小屋に宿泊。翌朝、小1時間ほど歩けば大水上山へ到着し、最初の1滴を楽しめる。それがツアーを企画したアウトドアツアー会社社長の小橋研二さんの誘い文句だった。

 小橋さんのほか同社から屈強な若い男性ガイド2人も同行した。うち1人は当時同社でラフティングガイドを務め、のちにNHKの「グレートトラバース」で有名となるアドベンチャーレーサーの田中陽希さんだった。

 ちょうど梅雨が明けた7月9日。登り始めから夏の強い日差しが照りつける。1500㍍ほどを一気に登る行程はきつく、滝のように汗をかく。だが山頂近くになると天気が急変し、強い雷雨に遭うことになった。

 雨具は用意していたが、不覚にもザックカバーを忘れた。午後3時には避難小屋に到着したが、雨に打たれ体が冷え、ザックから取り出したシュラフはびしょ濡れだった。参加を後悔し始めたのはそんな時だ。

 夕食の時間が近づく。避難小屋近くには水場はない。だが参加者が休んでいる間にガイド2人が大水上山まで往復し、源流の水をくんできていた。

 そして2人はザックからバーナーや大きな鍋、ジップロックを取り出した。田中さんが鍋にジップロックの中身を入れる。事前に用意し凍らせたひき肉とタマネギなどのみじん切りだという。パックに入った豆類を足し、2人が水くみの時に見つけた行者ニンニクの葉と水とルーを加える。あっという間に行者ニンニク入りの特別なキーマカレーができあがった。(写真:鍋から器によそう「利根川最初の1滴」キーマカレー=筆者撮影)

 まさか避難小屋で「最初の1滴」を使ったキーマカレーが食べられるとは思わなかった。小橋さんたちの「山でもおいしい食事を」というホスピタリティーと手際の良さに目を見張った。田中さんが「山のごはんは準備が8割」とサラッと話していたことを思い出す。

 早速食べ始める。疲れて冷えた体が芯から温まり、元気が少しずつ戻ってきた。食後「明日も頑張ろう」と思い直したことは言うまでもない。

(Kyodo Weekly・政経週報 2022年7月18日号掲載)

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