少子化対策に必要なのは安心できる雇用環境 藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員 連載「よんななエコノミー」
2024.08.19
少子化が止まりません。厚生労働省が6月に公表した人口動態統計によれば、2023年の日本人の出生数は72.7万人(前年比▲5.6%)、合計特殊出生率は過去最低を更新する1.20となりました。16~22年は、出生数が年率▲3.7%という比較的早いペースで減少が進んできていましたが、23年はその水準を上回る減少率を記録したことになります。
このままのペースで進むと、本年の出生数は70万人を下回ることになります。昨年公表されたばかりの国の将来推計人口(中位推計)では、70万人を割り込むのは38年となっています。今年70万人を割り込むようなことになれば、国の推計を14年前倒しで実現することになります。
来年以降を見通しても、危機的な状況と言えます。23年の婚姻数は、前年比▲6.0%の47.5万件と、戦後初めて50万件を割り込みました。婚姻数の増減は、2〜3年後の出生数に影響を与えることが知られています。したがって、25年以降の出生数も劇的な回復を期待することは難しい状況にあります。
政府は、少子化対策の一環として待機児童対策や男性育休の取得推進を図るなど、子育て環境の改善に取り組んできました。しかし、それらが少子化の抑止に大きく貢献している様子はみられません。
10年代、出生率が上昇したドイツにおいては、00年代から保育環境の整備が取り組まれてきましたが、それだけでは出生率は上昇しませんでした。ドイツにおいて10年代に合計特殊出生率が上昇したのは、リーマン・ショックから欧州債務危機に突入した時期に一人勝ちといわれたドイツ国内の好景気が、若い世代の出生意欲を強力に後押ししたためと考えられます。
一方で、欧州の子育て支援先進国とされてきた北欧やフランスなどの国々において、近年出生率の低下が顕著です。これらの国々の例を見ると、失業率の高止まりや賃金の抑制などが進むと、保育所の充実など、従来の対策を続けているだけでは、出生率の低下圧力に抗しきれなくなるようです。わが国においても、出生率の低下に歯止めをかけるには、経済雇用環境を改善させ、若い世代がゆとりをもって暮らすことができる環境を提供し、出生意欲を高めることが必要となります。
わが国では近年、大手企業を中心に賃上げが実践されており、人手不足も相まって、この春闘では大幅ベースアップが実現しました。しかし、実質賃金は2年以上にわたり前年比でマイナスの状況が続いています。
若い世代が将来に向けて豊かになっていくという実感を持つことが、少子化に歯止めをかけるもっとも重要な処方箋です。政府はもとより、企業や業界団体が採るべき方策として、今後さらなる賃上げとともに、誰もが不安なく安心して働くことができる雇用環境を構築することが必要です。加えて、企業、産業界には、女性に多い非正規雇用の正規雇用化をはじめ、待遇の男女格差の解消など、多くの若者が性別にかかわらず、生き生きと働き、ゆとりある家庭生活を送ることができる環境をつくることが求められます。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年8月5日号掲載)
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