漁業界の永ちゃん、不可能に挑戦 中川めぐみ ウオー代表取締役 連載「グリーン&ブルー」
2024.08.12
筆者が勝手に「漁業界の矢沢永吉」と称し尊敬する漁師さんが、千葉県にいらっしゃる。スズキの水揚げ日本一で知られる船橋漁港を拠点にまき網漁業を営む「大傳(だいでん)丸(まる)」と、江戸前魚介の加工・販売・流通を手がける「海光物産」の代表を務める大野和彦さん(64)だ。
各地の若手漁師たちから"兄貴"と慕われ、強い信念と圧倒的な実行力で、不可能といわれる取り組みにもどんどん挑戦されている。
初めてお会いした時はそのオーラに、実は少し萎縮した。でもお話しすると、熱いのに思いやりあふれる言葉やチャーミングな笑顔に、たちまちファンになった。ちなみに髪型や私服もいつもキマっていて、美学を感じる。
大野さんのご活躍は、この原稿の文字数ではとても書き切れない。鮮度を長持ちさせながらおいしさも引き出す「瞬〆(しゅんじめ)」技法の開発や、お魚1匹ずつの価値を高めるブランド化。小売店で販売される魚がいつ・どこで獲れ、どう流通してきたのか、そのトレーサビリティー情報を消費者が見られるようにする「江戸前フィッシュパスポート」という取り組みは、TVや新聞でも広く取り上げられた。
他にも資源管理のために水産エコラベル(MEL)を取得され、カーボンニュートラルの観点から電動フォークリフトなどの導入もされている。最近では東京湾全体の水産資源を守るため、ITベンチャーと共同で漁獲情報などを蓄積し、自治体や政府に呼びかけて資源評価の仕組みをつくろうと尽力されている。
さらりと羅列してきたが、これらの取り組みはどれも挑戦難度が非常に高い。前例がないものばかりで手間やお金はかかるのに、その重要性への認知度が低くてリターンは薄く、「正直者がばかを見る」状況にも陥りがちだ...。
例えば大野さんの船は資源管理のために出漁日数や網のサイズに制限をかけている。そんな努力を横目に他の船はガンガン漁に出て、獲れるだけ魚を獲ってきたりする。シンプルに考えれば漁獲量は売り上げ・お給料に直結するわけで、目の前の利益に飛びつかないで耐えるのは、どんなに苦しいことかと思う。
そんな大野さんのお話を改めて伺う機会があったのだが、「量から質への転換」「漁師であることへのプライド」「漁師らしい社会貢献」など、心に残る言葉がたくさんあった。「受動的な考え方がすべてのボトルネックになる」とおっしゃる大野さんは、確かに能動的に動き続けている。
新たに〝妄想〟されているのは、水産物を日本の大切な共有財産として100年先も継続していくべく、漁業権の他に漁師の「免許」を制定することであり、そのための学校が必要だという。前代未聞のチャレンジだが、大野さんなら実現される気がしてならない。
日本にロックという文化を根付かせた永ちゃんのように、大野さんは日本に新たな漁業文化をつくり育んでいかれるのだ。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年7月29日号掲載)
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