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中国・大連でウイスキー生産に着手 松井味噌の挑戦、オンリーワンへ  NNA

2024.07.31

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中国・大連でウイスキー生産に着手 松井味噌の挑戦、オンリーワンへ  NNAの写真

 遼寧省大連市でウイスキー造りに取り組む日本人がいる。創業287年のみそメーカー、松井味噌(兵庫県明石市)代表の松井健一氏だ。大連に進出して34年。激動の中国市場を駆け抜け、満を持してウイスキー造りに乗り出した。自前の果樹園で採れる果物を活用したオンリーワンの中国産ウイスキーを造るのが目標だ。2027年のリリースを目指し、着々と準備を進めている。(写真:ウイスキー工場周辺の果樹園で、たわわに実るサクランボを手に取る松井氏=5月、大連)

 大連市中心部から車で約1時間。郊外に広がる果樹園一帯にはサクランボがたわわに実っている。沿道では朝採ったばかりのサクランボを売買する人でにぎわう。

 そんなサクランボの季節に、松井氏のウイスキー工場を訪ねた。中に入ると、キルシュ(サクランボから造る蒸留酒)造りに必要な機械や設備などが据え付けられていた。ウイスキー造りに向けて準備が進んでいることがうかがえる。

 ウイスキー造りは、原料の大麦と水を仕込み(糖化)、発酵、蒸留させた後、樽(たる)の中で3年、5年、10年と熟成(貯蔵)させるといった工程を踏む。原酒ができたからといって、すぐにウイスキーとして販売できるわけではない。原酒を樽に詰めて熟成させるための年月が必要だ。誕生したウイスキーをどうブランディングできるかも重要となる。

 そこで、松井氏は自社が保有する果樹園を活用したウイスキー造りに取り組んでいる。ウイスキーの熟成樽に、サクランボやリンゴで造るブランデーの樽を活用する構想を描く。

 ウイスキー工場の周辺では、56月にサクランボ、秋にはリンゴ、ブドウ、ミカンなどが収穫できる。季節ごとに採れる果物を使って、ブランデーを造り、そのブランデーを熟成させた樽を使うという計画だ。果物を使ったブランデーを商品化できれば、ウイスキーを販売するまでの運転資金にもなるとみる。

 本場スコットランドのウイスキーは、熟成樽にバーボンを入れていた樽を使い、世界で販売されるスコッチウイスキーの9割が米国のバーボン樽で熟成されている。

 一方、松井氏はバーボン樽ではなく、ブランデー樽を使って付加価値をつける考え。樽作りも自社で行い、自社で一貫生産するブランデー樽を使った唯一無二の「マンダリン(中国産)ウイスキー」の生産を目指す。

■事業転換がテーマ


 松井氏がウイスキー事業を構想したのは今から約10年前。顧客の日本酒メーカーがウイスキー生産へと業態転換するに当たり、蒸留酒製造設備について相談を受けたのが始まりだった。

 松井氏は大連に醸造用機械を扱う鉄工所を持つ。日本では醸造設備の需要が衰退し、製造できるメーカーの廃業が相次いでいることから、松井味噌に醸造設備の注文がくるようになったのだという。

 日本でウイスキーメーカーが続々と立ち上がる中、当時の中国で国産ウイスキーに取り組む企業はなかった。みそを扱う醸造グループとして、中国で初めてのシングルモルトウイスキー工場を自分が作りたいという思いが芽生えた。

 松井味噌は創業300年に迫る老舗のみそメーカーだが、みそ屋からの事業転換が一貫したテーマだった――。松井氏はこう語る。日本人の食生活の変化に伴い、みその消費量は減少傾向が続く。みそ屋として伝統をつなぐためには、これまでと同じことだけをしていては生き残れない。そうした思いで家業のみそ屋の看板を背負い、34年前に大連に進出した。

 大連ではみそ工場だけでなく、カレーやラーメンスープの工場、鉄工所なども運営。全ては日本初、日本一、世界初となるような小さな「一番」を探して事業をつなぐためだ。ニッチを狙って、業界3位以内に入ることを常に目標にしている。

 「業界では他分野ばかりやっているといわれているかもしれないが、みその生産の伸び率は業界トップを自負している」と松井氏は胸を張る。

 そうしていま、挑戦するのがウイスキー造りだ。従業員もウイスキー造りに意欲を見せたことから、生産免許の取得に踏み出した。15年のことだ。

 しかし、生産免許は容易に下りなかった。中央政府が外資を含めた酒類関連企業にウイスキー生産の免許を交付し始めたのは21年前後だという。中国のウイスキー消費が高まり、外国からの輸入量が急増したことが背景にある。

 松井味噌が中国でウイスキーの生産免許を取得したのは22年12月。外資としては中国で3番目に免許を得たという。そこから果樹園に囲まれた工場でのウイスキー造りが始動した。

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(作りも自社で行い、自社で一貫生産するブランデー樽を使った唯一無二の中国産ウイスキーの生産を目指す=5月、大連)

■品質トップへ


 中国では21年を境に、外資のウイスキー大手による現地生産に向けた大型投資が相次ぐ。松井氏は、「業界大手に生産規模ではかなわないが、原酒の生産から熟成までの全てを中国産にこだわる『マンダリンウイスキー』の品質で勝負できるものを造りたい」と意気込む。

 近年、ウイスキー業界ではパラダイムシフトが起こっているという。ウイスキー生産にはスコットランドのような冷涼な気候が必要といわれてきたが、台北から車で1時間の場所にある宜蘭で生まれた「カバランウイスキー」の登場で常識が覆った。

 カバランは温暖気候でウイスキーの熟成が早まる性質を利用し、短い熟成期間でウイスキーの質を高めることに成功した。世界的に権威のある品評会「ワールド・ウイスキー・アワード」で受賞し、近年人気のウイスキーの一つとなった。カバランの登場で、熱帯のインドなどでもウイスキー造りの挑戦が始まっているという。

 松井氏は、「カバランが世界のウイスキー業界を驚かしたように、私もウイスキーの品質ではトップを狙いたい」と力を込める。

 松井氏の工場は、来春から1日15樽の仕込みから始める。熟成3年目からシングルモルトの出荷をはじめ、最終的に12年~20年物を造っていく計画だ。自社ブランドのウイスキーは27年のリリースを目指す。(NNA 畠沢優子)

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