ウサギが跳んだ日 新連載「旅作家 小林希の島日和」
2024.04.15
「おや、今日はウサギが跳んどる」
「ほんまや。風が強いけん、午後の船は欠航やろか」
穏やかな瀬戸内海を眺めながら、島のおばあちゃんたちがしゃべっている。海にウサギ? どこにもいないけれど。なぜ欠航?
後にウサギの正体は、風によって現れては消える無数の白波のことだと知った。
なんてかわいらしい表現。これならば、たとえ船が欠航しても許せてしまう気がした。昔から日本人は、豊かな想像力を発揮し、万事さまざまな苦楽を穏やかにやり過ごしてきたのかもしれない。
知り合いに以前、この話をすると「映画『この世界の片隅に』で、主人公が瀬戸内海の白波を白いウサギが跳んでいる姿に見立てて描いていた場面があったよ」と言った。その映画の時代は先の大戦が舞台なので、戦前には既にこのような表現があったのだろう。
私は、想像力を日常生活に生かしてみることにした。例えば原稿を書いている時に、家の外で工事が始まったとする。当然、うるさくて不快になる。そこで発想を変え、「工事は、(私が大好きな)ネコたちがしている」とその姿に置き換えて想像する。安全第一と書かれたヘルメットをかぶるネコたち。すぐ居眠りを始めて、工事が進まないだろう。ふふふ。
イライラをニヤニヤに変えるすべは、島旅で見つけた素敵(すてき)な知恵だ。
私が本格的に島を訪ね始めたのは、2014年の初夏。ネコが多いと聞いた瀬戸内海の島々を旅しようと、香川県の塩飽(しわく)諸島へ向かった。はじめは「塩飽」の読み方すらも分からず、現地情報もほとんど得られなかった。(写真はイメージ)
塩飽諸島の中で最も広大な広島(ひろしま)(同県丸亀市)に着いて、島の人が「塩飽の海は潮流が早くて潮が湧いて見える。それが地名になったんよ。ここは塩飽水軍の島やったけん」と誇らしげに教えてくれた。
瀬戸内海は古来、海上交通の大動脈であった。潮流の早い塩飽諸島には、航海術と造船術に優れた船方衆がいて、常に時の権力者に重宝されてきたという。封建社会の江戸時代には唯一、水夫が島を自治することが許された特別な地域でもあった。
島旅は、教科書では学べない日本という国を知り、日本人であるアイデンティティーを確かなものへと形成していくような時間であると感じている。今、私は胸を張り、島の人へ声をかける。
「今日は沖にウサギが跳んでますね!」
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年4月1日号掲載)
最新記事
-
高齢単身世帯、50年に20% 週間ニュースダイジェスト(4月7日~4...
▼給与、物価高に追い付かず 実質賃金マイナス最長並ぶ(4月8日) 厚生労働省が公表した2月の毎月勤...
-
ウサギが跳んだ日 新連載「旅作家 小林希の島日和」
「おや、今日はウサギが跳んどる」 「ほんまや。風が強いけん、午後の船は欠航やろか」 穏やかな瀬戸内...
-
中山間地域、不利な条件を強みに変える 青山浩子 新潟食料農業大学准教...
担い手不足、耕作放棄地といった農業の問題は、とりわけ田畑が山の斜面に沿って広がる中山間地域で深刻だ...
-
ビジネスチャンス到来 美容やダイエットにも 田中太郎 共同通信編集委...
健康志向の高まりを背景に「短鎖(たんさ)脂肪酸」という言葉をよく耳にするようになった。これは腸内細...
-
自民裏金39人処分 週間ニュースダイジェスト(3月31日~4月6日)
▼断水解消難航、避難8千人 能登地震から3カ月(3月31日) 関連死を含め244人が亡くなった能登...
-
山を手放したい人が増えている 赤堀楠雄 材木ライター 連載「グリー...
最近、講師として招かれた林業関係者向けのセミナーで「良い山をつくろう」と呼びかけたところ、終了後に...
-
「カンカラ三線」演歌に出合う 菅沼栄一郎 ジャーナリスト 連載「よ...
空き缶でつくった「カンカラ三線(さんしん)」を鳴らし、赤い法被を羽織った岡大介さん(45)が歌い始...
-
リニア開業34年以降か 週間ニュースダイジェスト(3月24日~3月3...
▼北海道、ヒグマ頭数抑制へ 90年から倍増1.2万頭(3月25日) 北海道はヒグマの保護・管理に関...
-
家庭ごみ組成調査 野々村真希 農学博士 連載「口福の源」
日本で発生する食品ロス量の推計値は年間523万トン(2021年度)であり、そのうち食品関連事業者か...
-
離島漁業から生まれる味のストーリー 佐々木ひろこ フードジャーナリス...
昨年の夏からご縁をいただき、離島の魚を使った商品開発に法人として携わっている。かねてから離島の漁業...