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公共私で未来をつくる貴志川線  沼尾波子 東洋大学教授  連載「よんななエコノミー」

2024.03.18

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公共私で未来をつくる貴志川線  沼尾波子 東洋大学教授  連載「よんななエコノミー」の写真

 共同通信社が地方新聞47紙、NHKとともに主催する第14回地域再生大賞が決まった。今回の大賞受賞団体は、和歌山県の「貴志川(きしかわ)線の未来を〝つくる〟会(つくる会)」である。

 和歌山電鐵(でんてつ)貴志川線は、和歌山駅(和歌山市)から貴志駅(紀の川市)の14駅を結ぶ全長14.3キロの路線である。沿線住民にとって通勤・通学のために欠かせない路線だが、利用者の減少や年間5億円の赤字を理由に2003年、南海電鉄が路線廃止の検討を表明した。自治体は対策協議会を設置し、地元は25万人の署名を集めたが、効果はなかった。

 翌04年に正式な営業撤退が発表されたことを受け、絶望的な状況のなかで、危機感を抱いた住民たちは路線存続を目指す「つくる会」を発足させた。

 つくる会では、会員の拡大、宣伝・啓発活動、行政への要請を運動の柱として、上下分離方式(=資産を公共部門が保有・管理し、民間部門がこれを借り受けて営業を行う)による存続を求めることとした。

 具体的には「乗って残そう貴志川線」を合言葉に、住民フォーラム、自治会への説明、駅美化活動、行政への要請、集客のためのイベント開催、マスコミへの情報提供と、大規模な存続運動を展開した。会員は、1年間で地元住民を中心に6400人を突破。さらに、和歌山大学の研究者らが協力し、貴志川線の社会的価値を理論的に算出する報告書をまとめた。

 鉄道存続に向けた活動の広がりのなかで行政が動き、05年に自治体が財政負担を行うことで存続が決定。後継事業者には岡山電気軌道が決まり、06年4月に「和歌山電鐵」として再スタートを切った。

 和歌山電鐵は、鉄道の魅力を最大限高めるために、工業デザイナーの水戸岡鋭治(みとおか・えいじ)氏デザインの車両を運行、さらに三毛猫「たま」が貴志駅長に就任するなど、多くの話題を呼ぶ。車両は、イチゴ電車のほか、おもちゃ電車、たま電車など、ワクワクし、また乗りたくなる工夫が至る所にある。さらに終点の貴志駅には「たまミュージアム」もでき、観光列車としての役割も強化されている。

 「つくる会」は、その後も電鐵と一体になって沿線の魅力を盛り上げる各種イベントを開催するなど、今日に至るまで精力的に活動を展開する。毎年秋には「貴志川線まつり」が開催され、学校や事業者などもイベントに参加、多くの貴志川線ファンが現地を訪れる。

 過疎地の鉄道の廃線は多くの地域にとって共通の課題である。だが、自治体や鉄道会社のみならず、地元住民らが共に鉄道存続と地域の未来を考えるところに地域再生の本質がある。人口減少と高齢化が進む地域にあって、地元の住民や事業者が「こと」をどう起こせるかが鍵となりそうだ。

(Kyodo Weekly・政経週報 2024年3月4日号掲載)

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