食料安保論議、従来思考を改める時 小視曽四郎 農政ジャーナリスト 連載「グリーン&ブルー」
2024.01.08
食料供給の有事法制化で、国から増産を求められた農家らが達成できなかった場合、罰金は科さないが事業者名は公表することを農林水産省が検討しているという。農家に協力を強制してできなかったから名前を公表とは、事実上の罰則だ。しかも本来、政府自らの不始末を農家に転嫁することは強い反発を招くだろう。
そもそも食料安全保障は気候変動や食料輸入の不安定化の前に、国内農家の意欲をそぐ政策で、生産基盤の弱体化を招いてきたのが背景だ。当然、農政当局の責任だが、毎年「財政審建議」として予算面で農政に口出ししてきた財政当局の責任も見逃せない。
特に問題は、岸田文雄首相が「食料安全保障の強化」を提唱しているのに、これに抵抗するのはどうしたことか。例えば2022年11月の23年度予算編成への建議で「輸入に依存している品目等の国産化による自給率向上や備蓄強化に主眼が置かれていることには疑問を抱かざるを得ない」と批判した。食料安保の核心ともいうべき自給率向上と備蓄対応に疑問とは、論議の方向性に真正面から挑む驚くべき見識だが、裏返せば食料問題への危機意識が薄弱なのではと思ってしまう。
どうやら「農業経営の生産性向上といった産業政策としての取り組みが後退しかねない」との理由のようだが、コロナ禍による世界的なサプライチェーン(供給網)の分断で食料や生産資材の調達リスクが高まろうと、温暖化で農作物が障害を受けようと、さほどの問題ではないと思っているのかもしれない。
23年11月の建議でも、「補助金に依存」する農業の構造転換を求め、米の転作助成金の見直しや親元就農への支援見直しなど従来同様、農家の意欲に水を差した。補助金に依存せず、輸入には大いに依存しても国民への食料供給は持続的に可能、と財務省が責任を持って言えるのか。
岸田首相の食料安保強調は、この間の国民の食料供給への不安の高まりが背景にある。財政審の視点は国民が求めるものと大きな隔たりがある。
審議委員に経済界の有力者が目立つが、市場原理ベース型の従来思考ではまともな建議になっていない。
同年11月10日に公表された内閣府と環境省の「気候変動に関する世論調査」によると、気候変動の影響で問題と思うことに「農作物の品質や収穫量の低下、漁獲量の低下」と食料不安を挙げた人が最多の約9割を占めた。食料不安への対応は政治課題最大の眼目の一つなのである。首相の提唱に閣内から足を引っ張るのは一体性を欠き、国民に不信を招くだろう。
財務省が管轄する予算は言うまでもなく、国民の血税による国民のために使う金である。国民を無視して他に向けることは許されない。国民が求める持続的な食料確保にどう財政的に協力できるか、視点を変えて考えるべきだ。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年12月25、24年1月5日合併号掲載)
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