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和食を科学で味わう  畑中三応子 食文化研究家  連載「口福の源」

2024.01.29

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和食を科学で味わう  畑中三応子 食文化研究家  連載「口福の源」の写真

 東京・上野の国立科学博物館で開催中の特別展「和食 日本の自然、人々の知恵」は、食文化を科学で料理するユニークな展覧会である。

 展示は「和食って何?」という問いかけから始まる。科学的な切り口が最も冴(さ)えるのが、日本の自然と食材、和食の関係をひもとく第2章である。南北に長い日本列島は世界でも有数の生物多様性を持つ。日本と同様に、大陸のそばにある島国のイギリス、ニュージーランドと比較すると、その差は圧倒的だ。

 日本には4500種類近くもの魚類が生息するのに対し、イギリスは300種類程度と少なく、ニュージーランドでも1300種類弱しかいない。7500種類を超える植物が自生し、うち千種以上が食用にできる日本に対し、イギリスは1600種類、ニュージーランドは2千種類程度である。

 和食がユネスコ無形文化遺産に登録された時、特徴として地域に根ざした食材が豊富なことが挙げられたが、こうして数字で示されると説得力がぐっと増す。さまざまな生物がいるから、食材も多くなる。世界で最も多くの魚介類を活用している食文化として、会場に多数展示される魚や貝の実物大模型は圧巻。模型なのに見るだけで食欲が刺激されてしまった。

 和食の基本である「だし」と「うま味」は、水質と深く関係する。国土の7割が山地の日本は地形が急峻(きゅうしゅん)で、降水量が多い。雨水や雪解け水に土壌のミネラル分が溶け込む時間がなく、早急に海へ流れ出るため軟水になる。ヨーロッパなど大陸の地形は平坦で、雨水の滞留時間が長くゆっくりミネラル分が溶け込むため硬水になる。軟水は、昆布、干し椎茸(しいたけ)、かつお節のうま味成分を効果的に抽出することから、和食のだし文化が確立した。

 一方、硬水のミネラル分は動物性たんぱく質と結合してアクになるので、肉の調理に適している。フランスで修業したシェフに、同じレシピでブイヨンを取っても思う味にならず、仕方なくフランス製ミネラルウオーターを使ったことを聞いた。洋の東西を問わず、水は味の根幹なのである。

 昆布は水のミネラル分が少ないほど、うま味がよく出る。ごく軟水の京都で昆布だし中心の食文化が発達した理由は、そこにある。海に生えている状態そのままの標本を眺め、よくこんなワイルドな海藻から洗練されただしを生み出したものだと、ご先祖の創意工夫に感謝した。日本人は海藻を消化できる腸内細菌を持っているそうだ。

 展示の残り半分は、縄文時代から現代までをたどる歴史編。江戸期の料理の再現模型と出典の料理書がセットで展示されるなど、目でも楽しめる構成になっている。

 和食イラストのマスキングテープや海藻コースターなど、特設ショップにオリジナルグッズが多彩なのも楽しい。2月25日の終了後は、4月の山形・鶴岡市を皮切りに来年にかけて全国を巡回する。

(写真:土中の様子と生え方の違いが分かる多種多様な地ダイコンのレプリカ。上段の左から2番目が世界最大品種の桜島ダイコン)

(Kyodo Weekly・政経週報 2024年1月15日号掲載)

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