伝統の「練馬大根」根強い人気 菅沼栄一郎 ジャーナリスト 連載「よんななエコノミー」
2024.01.29

師走にしては暖かな朝。昨年暮れ、東京都練馬区の地下鉄駅近くの広場で、野菜マルシェが開かれた。
江戸時代から続く農家の20代目、相原謙介さんが仲間とともにとれたての冬野菜を並べた。用意した1本200円の練馬大根約20本は、午前10時の開店間もなく売り切れた。長い大根だと葉っぱの先まで1メートルをゆうに超える。しかも中ほどが太いので抜きにくい。33歳の謙介さんでも油断をすると腰を痛める。「それでも人気ものですからねえ」
練馬区は23区の農地の4割近くを占める。相原家と同じ江戸時代からの歴史がある練馬大根は、8代将軍吉宗に一目置かれたとされる(「徳川実紀」)。吉宗は、練馬方面で鷹(たか)狩りをする時、誤って大根を踏まぬよう厳命。誤って踏み損じた時は、必ず補償することを掟(おきて)とした。
明治に入ると、たくあん生産が拡大。同7年には東京の生産額の8割を練馬が占めた(「東京府志料」)。明治後半から昭和の初期まで、練馬大根の生産は最盛期を迎え、たくあんは60万樽(たる)を下らなかった。
練馬区が2012年に出版した「練馬大根」には、そんな歴史から味わい方までつづられている。
昭和12年に日中戦争が始まると、軍需用たくあんの生産が一時は増えたが、戦争が拡大すると労働力が極度に不足、耕地は荒れていった。戦後は宅地化が進み、病害虫の広がりやキャベツへの作付け転換などで、昭和30年代には練馬の農地から大根はほとんど姿を消した。
そんな時代に区切りを付けたのが平成元(1989)年に始まった育成事業だ。練馬区がJA東京あおばと連携し、約10軒の農家に生産委託。初年度の約5500本は10年余りで現状に近い約1万3千本に増えた。
宅地化に押される一方だった都市農業にも追い風が吹き始めた。都市農業振興基本法(2015年)の基本計画では、農地は都市に「あるべきもの」に大転換された。続く生産緑地法改正(17年)で、相続税などが免除される緑地指定の10年更新が可能になった。
一時は「幻の練馬大根」とも言われた危機の脱出に一役買ったのが「練馬大根引っこ抜き競技大会」だ。農家泣かせの「中太り」の形を逆手に取った。07年に始まった大会は昨年末に17回目が開かれ、約380人の区民が参加した。
この日抜かれた大根は約5千本。すぐに洗って、翌日には区内の小中学校の給食「練馬大根スパゲティー」となった。昨秋、同区の光が丘公園で開かれた「全国都市農業フェスティバル」と「JA東京あおば農業祭」では、合わせて2637本の練馬大根を売り切った。
相原さんは語る。「まだ難しい問題もあるけど、練馬の頑張る姿が全国の都市農業の元気につながればいいかな」
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年1月15日号掲載)
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