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ジビエ見学記  畑中三応子 食文化研究家  連載「口福の源」

2024.12.23

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ジビエ見学記  畑中三応子 食文化研究家  連載「口福の源」の写真

 長野県富士見町にあるジビエの食肉処理施設「信州富士見高原ファーム」で、シカが食肉になるまでを見学した。(写真:猟師としても活動する戸井口裕貴さん。ファームでは年間約500頭を扱う。筆者撮影)

 シカとイノシシが全国で増え続け、畑を食い荒らすなどの野生動物による農作物被害額はピーク時の2010年度には239億円に達した。駆除が進んで現在は約160億円に減ったが、まだ被害は深刻だ。

 もったいないのは、捕獲したうち約9割が利用されず捨てられていること。ファームを運営する戸井口裕貴さんはシカの死骸で山が汚染されていることに心を痛め、いただいた命は無駄なく活用したいと施設を立ち上げた。

 ジビエは野生鳥獣の肉を意味するフランス語。フランス料理ではもっとも高級な食材とされる。日本では「固い、臭い」と敬遠されがちだが、本来のシカ肉は上品な赤身で食べやすい。固くて臭い場合は、捕獲から精肉のどこかが適切でなかった可能性が高い。

 ジビエの加工や調理には、厚生労働省が衛生管理のガイドラインを定めている。それに沿った解体指導の講師も務める戸井口さんから、どうしたら安心・安全・美味な肉にできるかを実地で学ぶのが、今回の私の目的だった。

 富士見町のシカ猟はわなで行う。農業者にわな猟の免許を取る人も増え、猟師の数は現在44人。地域一丸となって農地を守り、被害の削減に取り組んでいる。

 捕獲した時に現場で止め刺しをしてよく血抜きすることが、臭みをなくす第1のポイント。施設に搬入して洗浄し、消化管の内容物が肉を汚染しないよう食道と肛門をバンドできつく縛る。次に皮をはぐ。毛が肉にふれないよう慎重に切れ目を入れ、ウインチで持ち上げるとするりとむける。1回切るごとにナイフを熱湯で消毒しながらの丁寧な手作業で、衛生管理は想像した以上に徹底している。イノシシは皮に脂が付くのに対し、シカは肉に付く。皮は柔らかくて加工がしやすく、印伝(いんでん)製品などに幅広く利用される。

 続いて内臓を取り出すまでを速やかに行うのが第2のポイントだ。遅れると腹部にガスがたまり、肉に臭いが移ってしまう。内臓はシカが健康かどうかのバロメーターなのでよく点検する。内臓はペットフードの原料に、骨はスープ用にと、残渣(ざんさ)ゼロが目標だ。

 最後にヒレ、バラ、背ロース、もも、すね、肩、ネックの部位に分け、筋や膜などをトリミングしてきれいな食肉に仕上げていく。一連の作業からは、おいしく食べてほしいという戸井口さんの気持ちが伝わってきた。

 肉は東京都内のレストランやホテルへの販売が中心だが、地元のスーパーでは背ロースとももが買え、煮物や焼き肉に利用されている。

 ジビエはおいしく食べて環境保全や地域活性化に貢献できる食材だ。ぜひ試してみてほしい。その際は、ガイドラインを順守している証しである「国産ジビエ認証」施設で加工された肉であるかも気にしてみてほしい。

(Kyodo Weekly・政経週報 2024年12月9日号掲載)

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