サケへの愛 佐々木ひろこ フードジャーナリスト 連載「グリーン&ブルー」
2024.12.16
北海道・網走のシロザケ漁を体験した10月以来、サケのことが気になって仕方がない。本州のシロザケ事情も知りたいと、新潟県村上市を訪れた。(写真:軒先で寒風に揺れる塩引き鮭。冬の間の貴重なタンパク源として、村上の家庭で仕込まれてきた伝統食だ)
"鮭のまち"として知られる村上。市の観光キャラクターは、笑顔のシロザケが川面を跳ねる様子を頭に冠した「サケリン」だ。秋に揚がるシロザケに塩を引き、家々の軒先につるして寒風で乾燥させる風景は、村上の有名な冬の風物詩。100を超えるサケ料理のバラエティーを誇り、これら伝統的な食文化を核にして、国内外の観光客を惹(ひ)きつけている。
サケを大切にする村上の気風は長い歴史に育まれたもので、特に市内を流れる三面川(みおもてがわ)は、日本で本格的なサケ資源保全をはじめた川として知られている。18世紀後半、乱獲により枯渇寸前だったシロザケの現状を憂い、村上藩士の青砥武平次(あおと・ぶへいじ)が発案、導入した「種川の制」がそれだ。
自然の河川に沿った分流を人工的につくり、遡上(そじょう)した親魚がその中で産卵できるよう環境を整える。さらには春に川を完全禁漁とすることで、ここで育ったサケの稚魚が確実に川を下り、海に向かえるよう守ったのだ。成長後のサケが母川回帰する習性を発見し、自然のサイクルを上手に利用して野生サケを増やしたこの手法は明治時代まで続いたが、1884年にはなんとシロザケの漁獲数73万尾という、驚くべき記録が残されている。
そんな三面川は、近年のシロザケ不漁の流れが特に深刻な川の一つだ。現在の漁獲の中心は川ではなく遡上前の海だというものの、村上市農林水産課によると、2023年の三面川の遡上数は7260尾。人工孵化(ふか)放流を行うための採卵数が全く足りず、北海道など県内外から400万粒の卵を融通してもらうことになったという。そして11月現在、今年の採捕状況は昨年よりさらに悪化している。
その夜、地元の割烹「千渡里(ちどり)」に伺った。サケの頭を使った氷頭(ひず)なます、カラリと揚げた皮せんべい、心臓を焼いたどんびこ、さまざまな身を煮込んだのっぺ汁。どれもすばらしく美味(おい)しくて、サケの全てをありがたくいただくという、村上の人々のサケへの愛が胃の腑(ふ)に染みる。
だがこのすばらしい食文化は、このままサケが戻らなければ絶えるかもしれない。不漁の理由は温暖化だけか、未来につなげるために今私たちにできることは何か。幸福と焦燥の両方の思いを強くしながら、店を後にした。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年12月2日号掲載)
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