ヒマラヤの旅、危機感と希望と 舟越美夏 ジャーナリスト 連載「リアルワールド」
2023.10.09
氷河を見てみたい、という単純な動機で出かけたヒマラヤ山脈だった。旅を終えて2カ月余りが過ぎたが、神々しいとしか言いようのない山々と、氷河から流れる川の音が脳裏によみがえらない日はない。(写真:ネパール中部ランタン渓谷で、標高3400メートル付近にいるヤク、筆者撮影)
正直に言えば、ヒンズークシ山脈を含むヒマラヤ山脈が「第3の極」と呼ばれていることも知らなかった。アフガニスタン、中国、インド、ミャンマーなど8カ国、約3500平方キロにまたがる地域は、北極、南極に次いで、膨大な量の氷を有していることに、名の由来はある。アジアを流れる10を超える大河の源であり、数々の文明を支え、多様な生態系を育んできた。現在も約20億人がその水に頼っている。
その氷河が温暖化と気候変動により、科学者たちが予想する以上の速さで溶けている。それがどんな結果をもたらすのか、足を踏み入れるまでピンと来なかった。
ヒマラヤの氷河を監視している8カ国の政府間機関「国際総合山岳開発センター」(ICIMOD、ネパール・カトマンズ)が6月発表した、雪氷圏の変化が人や生態系に与える影響についての報告書が、「第3極」の警告を解説している。
温室効果ガスの排出量を抑えられなければ、今世紀末までに最大80%の氷河が消える。今世紀後半に河川の水量は減少する。排出量削減のための早急で大規模な行動を各国が取らなければ、20億人の生活と自然が壊滅的な影響を受けるー。
ICIMODの雪氷の専門家、ミリアム・ジャクソン研究員は「日本にも影響することだ」と言う。温暖化と気候変動による農作物の不作と災害が多発すれば、人々は土地の移動を迫られる。それは紛争へと、連鎖的につながっていく可能性が高い。アジアの一角にある日本が、影響を受けないとは考えにくい。
400万人以上の難民を生んだシリア内戦の背景にも温暖化による干ばつがあった、と米国の気候学者らが発表している。
「残された時間は少ない」。国連環境計画(UNEP)も警告するが、国益と企業利益などが絡みあい、排出量削減対策に向けた連携は進まない。
世界の機関投資家は、企業の気候変動への取り組みを投資判断に入れるようになったのは前向きな傾向だ。一方で、排出削減策などが「貧困問題を悪化させる」との研究結果を京都大学などが発表し、削減策の副作用をどう軽減するかも重要課題だと提言した。一筋縄ではいかないが、国境を超えて異なる分野や世代が知恵と技術を出し合い進むしかないのだろう。
旅の途中に「希望」も目にした。その一つは、日本の若者たち。ネパールの村と提携して、森と共生する「アグリフォレスト」方式で採れるコーヒー豆のブランドを立ち上げ、「身近な消費行動を通じて、あらゆる人が社会に貢献できる経済社会」を広げることを目指し活動していた。悩みながらも進もうとする彼らのエネルギーに勇気づけられた。
私たちは間に合うだろうか。まだ幼い、自分の甥や姪はどんな世界を生きるのだろう。
それにしても、標高4千メートルで撮影したマウンテンゴート(シロイワヤギ)の走りはなんと優雅なことか。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年9月25日号掲載)
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